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メモ

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March 27, 2008

友人の死

今までブログには1度も書きませんでしたが、今日はある友人のことを書きたいと思います。彼女とは、私の病気が発覚した2004年11月頃に、乳がんのメーリングリストを通じて知り合いました。告知を受け、入院と手術を控えて気持ちが動揺していた私に、彼女がメールをくれたのがきっかけでした。年齢と、独身&会社員という境遇も全く同じだったことから、加速度的に親しくなりました。

化学療法が始まって、髪が抜け始めた頃もさりげなく励ましてくれたり、治療に専念するために長期の休職を決めたときも、「今までずっと頑張ってきたんだから、こんなときくらい仕事を休んでもいいんじゃない?(^^)」と言ってくれて、その度に救われる思いがしました。

彼女は20代で発病して、やはり手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法、と一通りの治療を経験していましたが、その後は病状も落ち着いて、フルタイム勤務を続けていました。その後もずっとメールのやりとりを続けていましたが、2006年の夏に、初めて彼女と会うことになりました。

最初の治療から7年経ったと聞いていたのですが、その初めて会った日に「実は会社の健康診断で、引っかかっちゃって・・・。」と打ち明けられました。「うちの会社って、腹部エコーもやるんだけど、検査技師の人が私のお腹をグイグイやって『あっ、ここに何かありますよっ』って言うの。もうそれですぐピン!ときちゃったよ。」と。

その後、詳しく全身の検査をやったところ、肝臓・肺・脳に転移していることがわかったそうなのですが、『もう化学療法はやりたくないから、可能な限り、ホルモン療法でいこうと思っているの』ということで、彼女は転移がわかってからも、ホルモン療法で治療を続けていました。

彼女がすごいのは、ずっとフルタイムの仕事を続けていたことです。お互いの会社が近かったこともあって、会社帰りによく食事に行ったり、一緒に旅行に行ったりもしました。昨年4月に行ったお伊勢参りも、彼女のたっての希望で「元気なうちに、お伊勢さんに行ってみたかったの!」と言われたときには、私は言葉を返すことができませんでした。

2007年の後半あたりから、病状が徐々に悪化し始めたということを、なんとなくですが聞かされていました。特に脳転移に関しては、医師からは全脳照射を薦められていたようなのですが、「全脳照射は副作用もきついみたいだし、何よりも髪の毛が抜けたまま生えてこなくなるから、そこまではやりたくないの。」と、ガンマナイフと全脳照射のちょうど中間くらいにあたる治療を受けていました。

その後、ガンマナイフの治療のために入院したときには「珍しいから頭に器具を装着しているところを写真撮ってもらっちゃった。麻酔かかってるから、目がトロンとしてるけど・・・おもしろい写真でしょう?」と。
彼女のこの強さは、一体どこから来るんだろう?と、彼女と話すたびにいつも思っていました。

昨年の11月末頃、「ついに骨(頚椎)にも転移が見つかっちゃいました。放射線治療をします。」と連絡が入ったのですが、頚椎に放射線を当てた副作用で食道炎を併発してしまい、食べ物がのどを通りづらくなってしまった、ということを聞かされました。2人でお粥のおいしいお店に入って、いろいろな話をしました。でも、固形物が食べられないだけでなく、熱いものも食べられない、ということで、お粥もほとんど残してしまっていました。

本人には言えなかったけど、目に見えて痩せていたので、(物が食べられないなんて・・・大丈夫かな。でも大丈夫?とも聞けないしな・・・)と、私自身も内心葛藤がありました。

彼女の話では、昨年12月の始め頃までは、転移の症状は無症状だったそうです。年末くらいに急に腹水が溜まりだし「さすがに、会社に行く気がしなくなったので」と自宅療養をしている、という連絡をもらったのが、最後になってしまいました。

私が病気になってから、今までは彼女とけっこうまめに連絡をとっていたのですが、その後音沙汰なかったのがずっと気になっていて、昨日思い切ってメールを送ってみたのです。今日、返信がきたのですが、それは彼女からではなく、彼女のお姉さまからでした。

彼女は2月上旬に亡くなっていました。仕事帰りの電車の中でそのメールを読み、電車の中であったにも関わらず泣いてしまいました。まだ、信じられない。でも病状が悪化したというのも聞いていたし、何よりもお姉さまが連絡をくれたわけだから、本当であるのは間違いない。

美人で、頭が良くて、自慢の友だちでした。彼女から連絡が来ないのは、病状が悪化して連絡ができない状況に陥っているのかもしれない・・・って思って、なかなか連絡できずにいました。でも、たぶん今まで知らされなかったのは、彼女の計らいだったと思うのです。
病状が悪化しても「(同じ病気だし)怖がらせたら悪いから」と言って、いつもこちらのことを気遣って、言葉を選んで話しているのがわかりました。

病気が進行すると、人に気を遣うってなかなかできることではないと思います。自暴自棄になる人、望みをもてない人、周囲にやつあたりする人、でも私の知る限り、彼女は違いました。「再発したって、普通に働けるし、旅行にだって行けるし、私はいろいろなことを、まだあきらめていないよ。」と、身をもって教えてくれました。

当分の間、会えないのは寂しいけれど、いつかまた絶対会えるって信じてる。また、会いましょう。あなたのことを忘れません。泣き過ぎて、目が腫れぼったい、ななこより。

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「乳がん」カテゴリの記事

Comments

ななこさん、こんばんは。

大切なお友達を失ったばかりのななこさんに何と言葉かけをしたらいいのか、思い浮かびません..。
お友達..何に対しても、前向きにひたむきに自分らしく生きた方だと思います。
こんな素敵な方と出会えて、一生の宝物ですね。

私は相変わらず、胸焼けと口腔内の苦味、足爪(手爪は完治♪)痛み&変色の副作用が続いてます。
ただ、頭は、夏頃には自毛デビュー出来そうです。 

ななこさん、こんばんは。
お辛い思いをされましたね。
お友達のご冥福をお祈り申し上げます。

旅立って行った人達とは
いつかきっと会えると私も思っています。
その時に色々な話ができるように、
今は自分の人生を大事に生きていきたいですね。
お友達はななこさんに素晴らしい思い出を
くれた方だったのですね。
素晴らしい記憶を共有できる人と出会えることは
貴重なことだと思っています。
ゆっくり元気をだしてくださいね。

くるくるさん

コメントありがとうございました。

友人の訃報を知ってから数日が経ち
ようやく少しずつではありますが
気持ちが落ち着いてきました。

病状が重くなってくると
心までやられてしまう人が多い中

彼女の心は至って健康そのもので
とてもそんなに大変なことになっているようには
外見からではわかりませんでした。

この週末に、弔問に伺う予定です。

くるくるさんの副作用も、つらそうですね。
でも夏には自毛デビューできそうとのこと。
夏にウィッグが外れるのは最高だと思います。
私もそうでしたから^^

マコトさん

お久しぶりです。
いつもコメントありがとうございます。

病気になって以降、健康な友だちとはどうしても
温度差を感じることが多くなって
なかなか本音で話せないことが増えてしまいましたが
亡くなった友人とは、本音で言い合うことが多かったので、彼女を失ってしまったのが本当につらいです。

でも、彼女の生き方で見習うべきことは多くて
気持ちは負けていなかったのが
本当に素晴らしかったと思います。

のちほどブログに書きますが
おととい、もしかして彼女の仕業かな?と思えるような
すごく不思議なことがありました。

彼女に、いつかまた会えますように。

今週末、ご実家に弔問に伺う予定です。

ななこさん、お友達のことを伺い、ブログを読みました。ただただ残念です・・・。それにしても最後まで、お仕事をしていたなんて、なんという精神力でしょう。それに、ご両親にも直前まで辛い病状のことを話さなかったなんて・・・。ご両親に心配をかけたくないという気持ちはわかりますが、なかなかできることではありません。ななこさん、お友達の病状が悪くなってから、「最近連絡が来ないのが気にかかる」と話してましたが、訃報を聞いた今、私は連絡が来なかったのは、お友達のななこさんへの気遣いだと思いました。ななこさんもそのことに気づいていて・・・お互いの強い信頼関係を感じます。こういう悲しい話を聞くたびに、「今できることをもっとがんばらなければ・・・」と身の引きしまる思いです。ななこさん、思い込みの激しい私ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。この場をお借りしまして、お友達のご冥福をお祈りいたします。 FROMレインボー

レインボーさん

コメントありがとうございます。
彼女が亡くなってからもうじき3ヶ月が経ちますが
最後に会った日のことを今でも鮮明に思い出します。

特に思い出すのは、彼女の強靭な精神力です。
弱音を吐いているのをほとんど聞いたことがないし
実際、ご両親やご家族ですら、彼女の人並み外れた強さに感嘆していました。

彼女に万一のことがあったとしても、実はすぐには連絡がこないのではないか…となんとなくわかっていました。だから、2ヶ月以上も連絡がなかったとき
とても嫌な予感がして、なかなかこちらからは連絡できずにいました。レインボーさんに相談したのは、ちょうどそんなときでした。

彼女が旅立ってしまったのは本当に残念で悲しいのですが、私と彼女は強い信頼関係で結ばれていたと自分でも思っています。

この数年間、自分に何かつらいことがあったときは、いつも彼女のことを心の支えに頑張ってきました。
彼女だって頑張っているのだから、私だってこのくらいのことは頑張れる、へこたれるな!と。それはこれからも変わらないと思います。素晴らしい友達にめぐり合えたことに心から感謝しています。

ななこさん、こちらこそコメントありがとうございます。
お友達の話を読めば読むほど、「世の中にこんなに強靭な精神力の持ち主がいるのだろうか??この若さで・・・」という気持ちでいっぱいです。

また私が思うには、このお友達の強靭な精神力の影には、ななこさんの存在がとても大きかったのではないでしょうか・・・。きっとななこさんとの時間だけが、安らげる、癒される、自分らしくいられる時間だったような気がします。そう考えると、インターネットの力って、すばらしいですね。

世の中では、インターネットは、自殺、いじめ、犯罪など、悪い部分だけが、取り上げられやすいですが、使い方によっては、こんなにすばらしい出逢いがあるのですから(^^)
”虹の架け橋”ですね(^^)

私も何か問題にぶつかったときは、このお友達のことを思い出して、「こんなことでへこたれるな!」と’渇’を入れたいと思います。それでも解決しないときは、ななこさんに相談しますので、このお友達の’強さ’を、語ってくださいね。よろしくお願いしますm(_ _)m

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