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病気(ガン)に関するニュース(読売新聞)

メモ

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July 2007

July 31, 2007

タイにいきタイ

小鳥の別ブログにも書いたとおり、急に愛鳥を2羽とも失って撃沈していましたが、やっと今日あたりから食欲も戻ってきました。そして2羽の愛鳥は、おととい近くの公園にそっと埋葬してきました。あの公園なら、家からも近いし、ピーコたちも寂しくないだろうと思います。

ピーコの容態がおかしくなった頃、何度か近所のペットショップ(→ピーコはここで買いました)へ行き、お世話になったので、今日はそのときの店員さんに報告とお礼に行ってきました。ピーコを買うとき、まだ毛も生え揃わないほどのヒナで、自宅に持ち帰るのが怖かったので、1週間ほどそのペットショップで面倒を見てもらったことを、その店員さんも覚えていてくれました。

「そうですか、それは本当に残念でしたね。」と。今日も新しいヒナちゃんが20羽くらい入荷されていて、ピーコにそっくりなヒナちゃんもいましたが、まだとてもじゃないけど次の小鳥を飼う気にならないので、お礼だけ言って帰って来ました。

話が前後しますが、先日千葉の中央旅券事務所でパスポートの切替手続きを申請しておいたので、今日新しいパスポートを受け取ってきました。今回のは5年パスポート。今までのは10年パスポート。この10年間、いろいろな国へ行きました。10代、20代の頃は、欧米に強い憧れをもっていたので、会社に入ってからもアメリカばかり何度も行きましたが、最近は欧米よりもアジアのほうが好きになりました。時差もきつくないし、やっぱり食べ物もどこか日本と共通している部分があって、おいしいんですよね。

私の習い事の先生は、9月にアジアの何カ国かをクルージングするそうです。先生も旅行が好きな方で、海外は10回くらい行かれてるんですが、その渡航先が私とはほとんど重なっていないんです。それで「ななこさんのおすすめはどこの国?」と聞かれて、「タイ、タイですよ、先生!」とイチオシしてしまいました。

まだ1回しか行ったことのないタイですが、昨年初めて訪れて、まさに私のツボにはまりました。まず食べ物がおいしい~♪人々の気質は「ゆるゆる~」とゆったりした感じだったし、仏教国だから、日本人としてはやはり何か相通じるものがあるような気がしてしまうのです。

本場のタイ古式マッサージは、2時間たっぷり、全身をくまなく揉んでもらいました。腕を後ろに引っ張られて「エビ反り~!」なんてのもありましたが、手術した側の腕も全然気になりませんでした。あのマッサージを受けにいくだけでも、タイに行く価値がありそうです。何よりも、物価もめちゃめちゃ安いので、1週間向こうにいたけど、食費と交通費を合わせてもお小遣いは1万円あれば余裕でした。

今なんて、全体的に円安だから、欧米に旅行に行くのは大変だと思います。英ポンド、先日1ポンド=250円を突破して、今はまた少し円高になって戻してはいますが、地下鉄の初乗りが1000円なんて、あり得ません。

私はヨーロッパ旅行の経験はまだありませんが、また円高が進むまで待って、先の楽しみにとっておきたいと思います(^_^;) 燃油サーチャージもバカにならないしね。

そして習い事の先生のイチオシの国は「トルコ」だそうです。親日家が多くて、どこへ行っても周りの方々が優しく親切だったとか・・・。いずれにしても、今日新しいパスポートが手に入ったことで、また旅行への夢がふくらむようになりました。(まぁ、その前にまたちゃんと働きなさいよ!って話ですが・・・☆)

明日はいよいよ職業訓練校の開講式です。通う期間は3ヶ月間ですが、噂によると、お盆の期間はお休みだそうなので、ちょっと嬉しいです。さーて、明日からまた忙しくなるけど頑張るぞ~♪

July 25, 2007

ランチの悩み

いよいよ来週から、職業訓練校に通い始めます。先日の入校説明会で、クラスメートとなる人たちを見た限りでは、20~30代の女性が圧倒的に多かったです。全部で3クラスがまとめて説明会を受けていましたが、私が通うコース以外は、男女半々くらいの割合に見えました。

それにしても、職業訓練を受けるのに、意外と手間ひまがかかるので驚いています。自分の管轄のハローワークで申し込む→選考される→合格したら、またまたハローワークへ足を運ぶ→入校前に、コースに関する説明会に参加する(→ここで、いろいろな書類にサインをさせられる)→職業訓練を受ける学校にて、開校式(→同じ日に、その足でまたまた管轄のハローワークへ行かなければならない)とにかく、あっちへ行ったりこっちへ行ったり・・・とけっこう大変だわ!と思いました。

通学するわけですが、ハローワークの管轄になるので、定期券代は「通学定期券」ではなく「通勤定期券」として支払われるそうです。交通費は最短・最安のルートを各自で調べさせられました。また、通常の失業保険の給付に加えて、この交通費と、通所手当て(職業訓練校に通うので、その日当のようなもの)が1日あたり500円ずつ支給されるのもありがたい。でも毎日の「昼食」をどうしようか、とちょっと迷っています。

勤めていたときは社員食堂があって、正社員は1セット250円(ドリンク付だった!)でボリュームもあったから「昼食はどうしよう!?どこで食べよう!?」と悩んだことがなかったのです。でも今度通う職業訓練校には、もちろん社食みたいなのはないだろうし、あったとしても、間違っても250円では食べられないだろうと思う。前の職場では、正社員以外のパートやアルバイトの方々は、同じメニューが600円でしたから。こうなると、ほとんどの方はお弁当持参でした。私も、お弁当持参という手もあるけど、夏場だからちょっと怖い気もするしなあ・・・。どうしよう(^_^;)

そうそう、肝心の説明会では「職業訓練校を、カルチャースクールと勘違いしてもらっては困る」とか「やむを得ない事情で休む以外に、私用で休まないように。」とかごくごく当たり前のことを力説されました。よく周りから「職業訓練校って、週に2~3回でしょ?」って聞かれるんですが、通常は週5日、朝から晩までコースが一般的です。でも、規則的な生活が送れるようになるのはいいことだと(素直に)思います。

July 23, 2007

発表会の光と影

今日は習い事の発表会でした。会場準備などで先生のお手伝いをするため、朝から家を出て、帰宅したのはつい先ほど・・・。
発表会→2次会→3次会と参加してきたので、さすがに疲れました☆(と言いつつ、ブログ書いていますが・・・(^^;)

しかもカメラマンも担当していたので、2重にお疲れモードかも!?私は人前で何かをするというのが本当に苦手な人で、それは昔から変わらないのですが、今日はさほど緊張することもなく無事に演奏できました。

発表会自体は楽しかったのですが、妙齢(?)の女性ばかり10名近くもそろってしまうと、3次会でなぜか「更年期障害」と「出産経験談」の話題が出て異常に盛り上がってしまい、私としては立つ瀬がなかったというか、なぜ今ここでその話題が出るのか理解に苦しんでしまいました。

(本物の)更年期障害を経験した人が「ホットフラッシュがひどくてね・・・」とか「寝つきが異常に悪かったり、明け方に目が覚めたりするの。」とか言ってるのを聞くと(フッ、私はもうこの年でその更年期を経験済みだよ!理由を説明するのも面倒だから、いちいち言わないけどね)と毒づいたり。

そしてその中に、今年30歳になったばかりの人がいて「私、まだ独身ですけど~。ついにこの間30になったから、やっぱり子供は早めに産んでおかないと、そろそろヤバイと思うんです。」って言い出したものだから、そこから先は「30過ぎたら、子供産むのは少しでも早いほうがいい。」とか「私は帝王切開で痛くて大変だったけど、みなさんは?」「私も帝王切開だったけど、麻酔でうまくコントロールしてもらったから、全然痛くなかったんです♪」みたいな会話になって、ああ~頼むからその手の話題だけはやめてもらえませんか?とノドまで出かかってしまいました。

今日のメンバーの中に、高校時代の同級生が1人いたのですが、彼女は33歳のときに出産。その30歳の人から「○○さんが子供を産んだのって、何歳のときでしたっけ?」って聞かれて「33歳。だからまだ間に合うよ。」って話しているのを、聞こえないふりしているしかありませんでした。

なんていうか、私にもそうやって、普通に結婚して、普通に子供を産むんだ~!なんて純粋に信じきっていたときがあったな~(^_^;)と思うと同時に、こういう会話を聞くときに感じる違和感、疎外感、周囲との温度差、というのは、言葉ではうまく説明しきれません。

今日の発表会には、親子連れがたくさん来ていたし「お母さんと娘」で演奏している組もあったし、今まではあまり気にならなかったけど、なんだか今日は(私ったら、ここにいるのが場違い?)と一瞬思ってしまいました。今日来ていたお母さんたち、どう見ても私と年が一緒くらいでしょ~(^_^;)と思いました。だんなさんや祖父母と娘&息子の応援にかけつけていました。

いつまでも、両親の「子供」として生きている私と、子供たちの「お母さん」として生きている彼女たち。岸本葉子さんのエッセイで、以前そんな情景が書かれていた覚えがありますが、まさか今日それを自分が痛感することになろうとは!そんなのを比べても仕方ないし、私には私の人生がある。そんなこと、よ~くわかっているのに、今日はそんなところばかりに目が付きました。

July 19, 2007

「余命1ヶ月の花嫁」を見て

昨日は出かけていたのでオンタイムで見ることはできなかったのですが、帰宅後録画しておいた「余命1ヶ月の花嫁」を見ました。朝、新聞で大々的に紹介されているのを見て、そのあまりの状況の厳しさに(見ないほうがいいかもしれない。)と思ったのですが、でもやはり見ることにしました。

家族もこの番組がやることに気付いていたとは思うけど、誰も一言も言わないし、私もそれを言ったところで、周囲は「見るのをやめなさい」と止めるのがわかっていたから黙ってました。そして部屋で1人で見たのですが・・・。最初の3分くらいで早くも涙ボロボロになってしまい、番組を見ている間中ずっと、泣きっぱなしでした。

自分のことに重ね合わせるというよりも、私に乳がんを気付かせてくれた、かつての先輩と状況が似ていたので、その先輩のことをずっと思い出していました。千恵さんの乳がんが発覚したのは2年前の秋。私が20歳の頃に仲良くしていたアルバイト先の先輩が、その後乳がんと判明したのも千恵さんと同じくらいの年齢だったのです。

その先輩は23歳のときに結婚して、私は2次会に招待され、そのとき久々にその先輩に会ったのですが(しばらく会わないうちに随分やせたな・・・)と思ったのを覚えています。そして結婚式から半年もしないうちに、だんなさんから先輩の訃報を聞かされました。そのときはじめて聞かされた「乳がん」という病気。

なんでそんなに若いのに「乳がん」になってしまったの?無知だった私はただそういう風にしか思いませんでした。私は先輩が乳がんの治療をしていたことなんて全く知らなかったので、つらい闘病生活をおくっていたことは後日彼女の友人が連絡をくれて、そのとき「実は結婚式の前から、すでに大変厳しい状況にいた」ということを知りました。

千恵さんも言ってましたが、胸にしこりを感じても「まさか・・・ね。」「明日には消えているよね?」と思ってしまう人が大半だと思いますし、告知を受けたあとの千恵さんの言葉も、まさに身につまされる言葉ばかりでした。「自分のことなのに、誰か他の人のことを言われているのかと思いました。」「髪が抜けたときが、一番つらかった。気持ち悪いとかいうのではなくて、ただただ悲しかったですね。」

術前化学療法のあとに、左乳房切除。その後はつとめて病気のことは忘れるようにして、猛勉強の末に希望の会社に就職します。でもその後すぐに病状が悪化していることが判明して・・・。千恵さんは自分の病気が確定する少し前に、のちに恋人となる男性から「付き合おう」と言われるのですが、結果が出るまでその返事を引き延ばしていたあたりも、(相手にがんと伝えて引かれたときの恐怖心を考えると)気持ちがわかるだけに涙が止まりませんでした。

そして結果がわかって、そのことを相手の男性に伝えたときのことも・・・。「私ね、言わなければならないことがあるの・・・。」「私ね・・・乳がんなの・・・。」相手の男性は一瞬固まりながらも「一緒に頑張ろう」と言って、その後彼女のただ1人の家族であるお父様と共に、彼女の闘病を支えていくことになります。

お父様とその恋人の献身的な接し方も素晴らしいと思いましたが、千恵さんの周囲はいつも友人が絶えることなく、(かつての)友人に対しての不満や不平をこのブログに書きまくっていた私としては、頭をガツーン!と殴られたような気がしました。私が友人との関係がおかしくなったのは、やはり私にも何か足りない部分というか、おかしな友人を引きつけてしまう何かがあったのかもしれないです。千恵さんの周りの人たちが、ああいう風に千恵さんを励まし、支え続けたのも千恵さんの人徳だったのでしょう。

厳しい状況になっても、モルヒネをすれば痛みが軽減されるとわかってはいても、千恵さんは「モルヒネをやったら、意識が朦朧としてみんなと話ができなくなるから」と言って拒絶し続けます。千恵さんは9年前にやはりお母様をがんで亡くしており、そのときの闘病生活においてモルヒネを使ったらどういう状態になってしまうのか、よくわかっていたのです。

なるべく普通の生活を望み、酸素チューブをつけた状態でも友人たちと大好きな焼肉を食べに行く・・・。自分が一番つらい状況なのに、彼女はいつもいつも周囲を気遣い、恋人の太郎さんに対する思いを聞かれたときには「う~ん・・・。なんて言ったらいいんでしょうね。『かけがいのない人』という言葉だけでは足りないし・・・。なんて表現したらいいのか、日本語に適当な言葉がないんですよ。」と言ってました。

少しでも(おかしい!)と思ったら、病院へ!検査は誰でも嫌なものだし、検査結果を聞かされるのはもっと嫌なものです。でも私の友人のように、超初期の段階で見つけることができれば、乳房へのダメージも少なくてすみ、化学療法をやらなくていい場合もあるのです。私も、しこりを見つけてから病院へ行くまでに少し「期間」があったので、ためらう気持ちもわかるんですけどね・・・。

終始、こぼれるような笑顔を振りまいていた千恵さん。彼女の前においては、私がどんな言葉を並べ立てても、うわべだけの薄っぺらい言葉にしかならないような気がします。昨日の番組は、たくさんの人に見て欲しいとも思いました。

そして、これは乳がんだけの特徴ではないと思いますが、がんはそのほとんどが、本人の自覚なしに静かに進行する病気です。乳がんのように、しこりで「ハッ!」と気が付く場合もあるとは思いますが、本人の知らない、体内の深いところで進んでいく場合、本人にしかわからない、ちょっとした異変に気が付くことが、その後の自分にとってとても大事になってくると思います。

★乳がんに年齢は関係ない(と思う。)
★乳房の正しい状態を知っておく(そうじゃないと、異常があるときわからないから。)
★どんなに面倒でも、1年に1度は乳がん検診を。
 特に身内に婦人科系のがん経験者や、祖母・母・姉妹・叔母・従姉妹に乳がんの人が
 いる場合は、半年に1度検診をしたほうがよろしいかと。
★乳房に異変を感じたときは、先延ばしにせず、すぐ病院へ!!!

ここのブログで、あまりこの手の「検診推奨」みたいなことは書きたくなかったんですが、乳がんはひとたび発症してしまうと、長~~~~~い付き合いになるので、少しでも早く見つけることが肝心!と今回だけは言わせてください。

July 13, 2007

後ろは見ない、前を見る

先日の元親友からの、粘着気質あふれる手紙には、身の毛もよだつほどゾッとすると同時にウンザリしましたが、しばらくは無視を決め込むことにしました。昔からなにかあると「悪いところとか直したほうがいいところがあったら、はっきり言ってね」という人だったので、あえて直球で返してしまったのが、そもそもの間違いだったみたい。

こっちがイヤがっているのに、それでもまだ暑中見舞いや年賀状を送ろうというその根性にも驚きましたが、とりあえず、こちらが返事をしなければ向こうも手の出しようがないと思うので、とりあえず今回は無視します。まったく、声を大にして言いたい。

もう私のことは忘れておくれよ~!
あきらめておくれよ~!!!
  
とね(-_-;)

そもそも、自分にとってプラスになるどころか、マイナスになったり、付き合うと心がザワザワするような人とつながりを持つようなことは、何があっても避けたいと思っているし、そんなのに心を奪われるのは時間のムダだと思うし・・・。それならもっと有効的に時間を過ごしたい。シンプル・イズ・ザ・ベスト。

ところで、会社を辞めてもうかなりの時間が経ったような気がしますが、実際はまだ3ヶ月も経っていません。最近よく言われるのは「このあと、どうするの~?」「もう仕事しないの~?」まあ、確かに35歳、無職&独身&乳がん治療中の私の今後がどうなるのか、本人以上に周りの人のほうが気になるようです(笑)でもそんなこと聞かれても、私本人にもどうなるかなんてわかりません。あと4ヶ月ほどで術後3年が経過しますが、未だに自分のことだけで精一杯だし「今」を必死で生きてるだけです。でも、こういう病気にでもならなかったら「生きてる」実感なんてきっと生涯湧かなかったんだろうな。それを思うと、この病気ってある意味すごい。

職業訓練校の合否もそろそろ発表になる頃ですが、まずはこれがはっきりしないことには8月以降の予定も立てられないし・・・。意外と倍率が高いそうなので、もしどこにも引っかからなかったら、またまた旅に出ようかなと思ったり。そして9月からの受講に仕切り直しだな・・・。今までの私だったら、旅行1つとっても「また来年行けばいいや」と思ってたけど、今は行こうと思ったときが吉日。

旅行に限らず、やりたいと思ったことは、どんどんやってみる。会いたいと思った友達や知り合いには、連絡とってどんどん会ってみる。卒論の題材も、実は病気のことをチラッと絡めて書いてみました。来月、教授と1対1の総合面接試問が控えているので、そのときにどんな評価が下されるのかちょっと楽しみだったりして・・・(*^^)v

以前は対人関係とかでも、けっこう自分の言いたいことをグッと飲み込んで我慢することも多かったけど、これからはそういうことはしないつもりだし、もう少し自分勝手に生きるつもりです。ストレスためても体にいいことは何ひとつないですからね。ただただ前を向いて進むだけです。

July 08, 2007

訣別したはずが・・・

先月、ほぼ3年間連絡をとっていなかった元親友から手紙がきたけど、お互いにいろいろあって、私としてはもう付き合えないと思ったので、その旨書いて返事を出したことを書きました。その後返信もなかったので、一安心していたのですが・・・。今日になって彼女から手紙がきました。しかも「心のこもった返事をありがとうございました。」という書き出し・・・。

私はあの手紙に、心をこめて、なんて書いていない。ただただ、彼女と縁を切りたい一心で書いただけなのに。でも読んでちょっと愕然としたことが書いてありました。人というのは自分にとって都合の悪いことは、忘れるようにできているのか、真性のバカなのか、どっちなんだろう?

彼女の手紙には、当時私のお見舞いに行けなかったことへのお詫びやら、でも入院したことも手術したことも知らなかった、それに私が失言したから、会ったらまた同じことを言われるのではないかと思って、怖くてお見舞いに行けなかったんです、と書いてありました。

でもここは完全に話がすり変わっている。私が発病したのは、2004年10月末のこと。そして入院して手術したのは、同年11月中旬のこと。当時は彼女と仲がよかったから、病気がわかってすぐに彼女に手紙を書いて、入院することも手術することも書いたし、入院中も退院してからも、その都度彼女に連絡を入れていました。

そして退院したと言ってもなしのつぶてで、やっと連絡がきたと思ったら、再婚話の相談をしたいというメールがきたのが、年明けの1月中旬(←Outlookに今でもそのメールが残っています。)化学療法が始まって、髪も抜け始めて気持ちが沈みきっていた頃です。とてもじゃないけど、ウキウキ度全開の相談話にはのれそうにありませんでした。今回来た手紙に「あれは相談がしたかったんじゃなくて、ただ報告がしたかっただけです。そして再婚して出産しました、って書いたことも、こっちの状況を知ってほしくて書いただけなんだけど、かえって反感を買ってしまったようでごめんんさい。」って釈明してあったけど・・・。結婚が決まった女性というのは、やはり嬉しくて嬉しくて、周りに報告したいものらしい。ええ、想像はつくんですよ。でも「がんと聞いて、言おうかどうしようか迷ったけど、やっぱり言っておかないと!と思って。」とあなたが私にその報告メールを送ってきたのは、化学療法ですっかりダウンしているときでした。離婚や裁判を経験して、死ぬほどつらいとあなたに言わしめたはずなのに、他人の痛みは全く想像がつかなかったのかな?と、どうしても思ってしまうのです。

どうも、彼女の中では私の失言のほうが、入院・手術したことよりも先になっていますが、完全に逆です。私が失言したから、お見舞いに行けなかったと。そして極めつけは「あまり親しくない友だちは(ななこのことを)支えてくれて、私は支えられなかった・・・みたいなことが書いてありましたが、それは他の人はななこから心の傷になるような言葉を言われていないからではないですか?」と書いてありました。

う~ん・・・なんだか根本的に違うのです。私に言わせれば、あの自分のことだけで精一杯の状況のときに、再婚がどうの、と言われてもどうにもしようがなかったのです。それなのに、テリトリーの垣根を勝手に飛び越えて、踏み込まれたくない領域に踏み込んできたからこそ「今、私がこんな状況なのに、3回目の結婚相談を持ちかけられてるんだけど・・・」という感じで、他の人に送るはずだったメールを、こともあろうに、彼女本人に送ってしまったのです。もちろん、例え心の中で思っていたとしても、そんなことは本人には絶対に伝えてはならない言葉なのですが・・・。(今思い返してみても、史上最悪の失敗です。)

それはさておき、前回の手紙で絶縁宣言めいたことを書いたにも関わらず、今回の彼女からの返事には「手紙を読み、お互いの当時の気持ちに隔たりがあると感じました。
最後の連絡とありましたが、私のこの手紙を読んで気持ちはどうですか?すぐに以前の付き合い再開とは思いませんが、互いが存在していることの証として、年賀状や暑中見舞いくらいのやりとりから、始めるのはどうでしょうか?怒りながらも、長文の手紙をすぐに出してくれたことは嬉しかったです。いただいた手紙は、この1ヶ月間毎日読み、ずっと考えていました。決意は固そうですが、それでも手紙を書くことにしました。ななこ、どうでしょうか?互いの心の傷を乗り越え、少しずつでも連絡をとりませんか?私からの連絡に真剣に向き合い、返事をくれてありがとうございました。体、大事にしてください。今さらしつこいと思われたかもしれませんが、ななこの手紙を読み、私も自分の気持ちを伝えたいと思ったのです。」全文ではありませんが、今回彼女から届いた手紙の要約です。

大体、前回の手紙に「連絡するのは今回が最後です」って書いたのに、この手紙をもらったからって、また返信するのはかなり抵抗あるし、別にあのときお見舞いに来なかったことを根に持っているわけでもありません。ただただ、長年の付き合いであまりにもいろいろありすぎて、アップアップしてしまった私は、もうあなたとつながりを持つことに疲れてしまったんだよ・・・ということを、これ以上どう伝えたらわかってもらえるんだろうか。まさかあそこまでダメ出しした内容の手紙を書いたのにも関わらず、このような返事がきて非常に困惑しています。毎度のことながら、受け取り拒否にはできず、怖いものみたさで開封をしてしまう、意志の弱い私。

July 01, 2007

治療方法の選択

ニュースや新聞を読んでいると、がん治療に関する記事が意外と多いことに気が付きます。一昨日は、抗がん剤の外来治療についての記事が載っていました。でも最近一番驚いたニュースといえば、どこかの国(エジプトか?)で見つかった、女王のミイラ。

その記事を何の気なしに読んでいったら「死因はがんによるもの」と書いてあって、のけぞりそうになってしまった。がんという病気はそんなに大昔からあった病気なのですね。それから何世紀も経ても、未だに発病に至る原因や経緯、そして完治させる治療法が見つからないとは、一体なんて手ごわい相手なんだろう。

少し前に、私がちょくちょく読みに言ってる専門医のサイトに、今後、乳がんのホルモン療法は5年間→10年間というのが標準治療になるかもしれない、ということがちらっと書かれていました。5年間でも気が遠くなりそうなのに、それが10年間に変わるとしたら、ますますやっかいなことになるなぁ。

それにリュープリン注射も、少し前までは2年間が標準だったけど、今は3年間打つ人も増えてきて、これもいずれは5年間になるかもしれない・・・という記事を読みました。2年間だったら、戻ってくるかもしれない生理も、3年も5年もストップさせたら、戻ってこない確率があがるような気がします。でもそのへんはデータもないわけですし、いくら治療のためとはいえ、空恐ろしい気がしています。

抗がん剤CEFに含まれる、エンドキサン、これが卵巣機能を破壊する働きを持っているので、別にリュープリン注射のことがなくても、もともと生理は戻ってこないのかもしれないけど、あと半年ほどでリュープリン開始から丸3年が過ぎる私としては、またそこで次の選択をしなくてはなりません。体のことだけでなく、リュープリンをあと2年延長するとなれば経済的な負担がまたのしかかってくるし。まぁまた働くつもりとはいえ、治療方法の選択はかなり迷うものがあります。近々また集まりがあるので、そのときにこの話をしてみようかとも思っています。

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