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病気(ガン)に関するニュース(読売新聞)

メモ

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June 2007

June 25, 2007

少人数のオフ会

今日は病院へ行ってきました。といっても診察ではなくて、主治医主催の患者会の、幹事の集まりのためです。私もまだ入って間もないので、わからないことだらけなのですが、新規の方も入ったことだし、とりあえず一度顔合わせしてみよう、ということになりました。

私は、ブログをやっていたおかげで、同年代の患者さんとも知り合うことができて、今までにも何人かの方とお会いしたことがあったので、あまり患者会のようなものに入る必要性を感じていなかったのですが、身近に知り合いがいたらもっと心強いかもしれないな、と思って入会してみて正解でした。

実際、今回が初参加の方は「今までまわりに1人も(同病の人が)いなくて、誰にも話せなくてつらかった。今日はみなさんにお会いできて本当によかった。」と言ってくれました。少人数だったので、終始和気藹々としたムードだったのもよかったです。病院側が気を利かせて会議室を予約しておいてくれたのですが、どう見ても80名くらいは入るほどの広い部屋で、最初はみんな「ちょっと広すぎかも・・・」と言ってましたが、帰り際になると「この部屋、きれいで広いし気に入った。次回以降もここで集まりましょう。」と(^^)

おかしかったのは、今日集まった人はみんな左側を手術していたのです。だからみんな「二の腕から左胸まで、しびれたような感じ」と変な偶然に驚いていました。温存したけど、乳房の変形が大きいので再建を考えている人や、ホルモン療法でもかなり強い副作用が出て悩まされている人などなど、悩みも様々でしたが、暗い雰囲気になることもなく、むしろ明るい方ばかりで、参加してよかったなと思いました。近いうちに再度集まって、患者会の催し物として何を企画するか、相談する予定です。私もちょっとリサーチしてみようと思います。

June 24, 2007

ビリーズブートキャンプ

最近よく「ビリーズブートキャンプ」という言葉を見かけていたんですが、何のことだかわかりませんでした。でもそのうち、どうやらそれがエクササイズのことらしい・・・というところまでわかるようになり、今朝のテレビで取り上げられているのを見て(あ~!これのことね!)とやっとわかりました。

私は体を動かすのは苦手な人ですが、ダンス・ミュージックとかブラック・ミュージックはすごく好きです。それでネットで探してみたところ、You Tubeでビリーズブートキャンプの動画を見つけました(>さすがYou Tube!)※動画は音が出ますので、注意です。

最初はその「ノリ」がおかしくて見ていたんですが、そのうちついつい自分でも体を動かしてしまうほど、引き込まれてしまいました。これでは一大ブームを巻き起こしてしまうのもわかるな~と思いました。ビリーの声の掛け声もなんとなくおかしい(笑)

ネットで調べると、ビリーズブートキャンプがDVDでも出ていますが、人気が出すぎて入荷が追いついていない状況のようです。私も見てみたいけど、高くて手が出ないかな・・・。今ちょうど来日中のようなので、この1週間、テレビをしっかりチェックしようと思っています。

June 20, 2007

晴れ、ときどき雨

来月、習い事の発表会があります。それで今日は先生に「プログラム作るの手伝って~」と言われたので、先生のお宅におじゃまして、プログラムの下地を作ってきました。先生も3ヶ月くらい前にガンの手術をしたばかりで「家族や周りは手術して悪いところを取っちゃったから、もう治ったと思っているけど、実際はそうじゃないからつらい。」と言われました。

開腹手術だったから、余計につらかったのだと思います。そして「傷口も確かにたまに痛むんだけど、体よりも心がつらい。」と。そして「発表会をやる時期を、ちょっと早く決めすぎたかな?以前だったら難なくこなせていたことが、今は体力が落ちてるらしくてできないのよ。」とおっしゃったので「今からでもいいから、延期はできないのですか?」と聞いたら「大人はそれで了解してくれると思うんだけど、子供たちはもうその日をめざして練習しているし、今からまた保護者の方々に日程変更の連絡を入れるのは、それはそれで大変だし・・・。」

う~ん・・・。結局発表会の日にちは変更なしでいくことになりました。でも先生の話を聞いて、何でも我慢して溜め込んでしまうとよくないので、周囲には「まだ完全復活じゃない」ことと「つらいときは、ただ話を聞いてくれるだけで嬉しい。」とか、ちょっとずつ知らしめていかないと、自分があとでつらくなりますよ、と話してみました。

あと4ヶ月ほどで、この病気がわかってから丸3年がたちますが、残念ながら今まで1日たりとも病気のことを忘れたことはありません。忘れたくても忘れられないし、手術した側の二の腕から胸にかけては、今でも引きつれ感があります。そしてホルモン療法続行中なので、ホットフラッシュはTPOを選ばずに襲ってくるし、気持ちの浮き沈みも相変わらず激しいです。

本人にとっては病気も治療も「現在進行形」なのに、最近は家族ですら、私がちょっとでも病気関連の話題を出そうものなら、特に母はすごく嫌がります。「そんないつまでも病気が病気が・・・って言われるのはイヤよ!」と。私だってできれば病気のことなんて口に出したくもないけど、でもついつい、たまにですが口をついて出てしまうのです。

友達には病気の話題はなるべく振らないようにはなりました。ふったところで、相手も返答に困るだけだろうし。顔色見ればわかります。それに予想外の反応をされると自分でかえって落ち込むってことがよくわかっているから。だから家族には(これでも負担にならない程度に)話していたつもりなんですが、露骨に「その話題は勘弁!」みたいに言われると、ガクッときます。

そんなわけで、病気の話題を出したいときは、これからますますブログで発散したり、病院の患者会の場で話すしかないみたいだな・・・と思っています。ただ、母の気持ちもわかるのです。母が子宮がんの手術をしたときは、友人には一切内緒にして、家族と一部の親戚にしか話さなかったし、ましてや同病の人とつながりを持って、病気のことを分かち合いたいという気持ちが全くなく、病気の話題そのものをシャットアウトしていたので、私のことは理解不能みたいです。

でも母が手術した当時は、今みたいにネットもなかったし、病気関連の本を読んでいるのも見たことなかったし、母はこの不安を一体どういう風に乗り切ったのか、たまに不思議に思ってました。それで本人に聞いてみたら「5年間をクリアーできたときは本当に嬉しかった」と言ってたので(ああ、その違いか~。)と思ってしまいました。他の部位は5年間で一応クリアーなのに、なぜ乳がんは「一生」なんでしょうね。そんなこと考えても仕方ないですけど・・・。

ここまで考えると、またまたブルーになって落ち込む↓ので、そうならないように、この頃では何か打ち込めるものを探すクセがつくようになりました。それは読書でもいいし、資格試験の勉強でもいいし。本当はその打ち込めるものが仕事だったら、もっといいのかもしれないです。最近偶然読んだ雑誌に、元いた会社の後輩が載っていました。数年前に退職して今は全然違う業界に勤めていることがわかりましたが、好きな業界に転職して、子育てしながら仕事にも没頭しているその姿を見て、元気をもらえました。

June 17, 2007

今後の予定

8月から3ヶ月間、就職支援のための職業訓練校に通おうと思っています。といってもまだハローワークで申し込みしていないのですが^^; オフィス系のソフトの使い方を基礎から教えてくれる講座があるので、その講座が第一希望です。

できればホームページ作成(HTMLのこととか・・・)についても習いたいのですが、全ての条件を満たす学校は数が少ないし、それ以前に一応「選考」があるので、入学を希望したとしても、倍率が高すぎれば入れない可能性もあります。ハロワの担当者には「志望理由が大事ですから、ご自分の思いをしっかりまとめて、書いてきてください」と言われました。

この先、転職活動を始めるときに面接で「ワードですか・・・あまりできません。」「・・・でも、エクセルはもっとできません。」とゴニョゴニョ自信なさ気に口ごもるようなことはできれば避けたいので☆ しかも私はパワーポイントとアクセスに関しては全くの初心者なので、せめて基本的なことだけでも習得してから、面接に臨みたいのです。

でもその前に!先日無事に卒論も提出したところで、新たな目標を設定しました。9月にある試験を受けようかなと思い始めています。それも2つも。幸い試験日が1週間ずれているので、それを知ったときは素直に「ラッキー♪」と思いました。でも働いていない今だからこそできることであって、普通に働いている状態で資格試験の勉強をするのは並大抵のことではないのもわかっているので、とにかくやるだけのことはやってみよう!と思っています。あと3ヶ月か・・・。ムムム。

June 13, 2007

また気が抜けた・・・

退職後、ほとんど間髪いれずに卒論にとりかかったので、毎日4~5時間前後机に向かっていました。今その卒論が終わって、かなり気が抜けています。きのうはポヤーンと腑抜けのようになってしまったので、久々にDVDをまとめて鑑賞してしまいました。

TSUTAYA DISCASを利用しているのですが、これだとわざわざ店舗まで帰しに行く手間が省けて、見終わったら郵便ポストに投函するだけなので、このところずっと利用しています。卒論執筆中も「何文字書けたら、DVD1話鑑賞」と目標を決めて観ていました。

休職中に見始めた【24 TWENTY FOUR】のシリーズもようやく第5シーズンに突入し、あとは第6シーズンで終わりというところまできました。このシリーズ、おもしろいけどとにかく長いっ!!!

ところで今日、たまたまですがTVを見ていたらNHK教育テレビで「きょうの健康---乳がんの術後治療」についてやっていました。医学は日進月歩とよく言われているけど、その番組を見た限り、私が化学療法を受けた2年半前とでは、特に大きな変化はないようでした。

温存手術の場合は放射線療法を受けたほうがよい、もし全摘手術をした場合でもリンパ節転移が4個以上あった場合は、やはり放射線治療をやったほうがよい、中リスク以上の場合は、化学療法を推奨する、ホルモン感受性がある場合は、ホルモン療法をやっておくほうが望ましい、大体そんな内容でした。特に真新しい情報はなかったので、現在の治療法を再確認するにとどまりました。この番組、今週はずっと乳がんの特集のようです。

ところで、主治医主催の患者会の集まりの次回幹事を引き受けたため、新たな入会希望者が入ってくると私のところにも連絡がきます。今までは概ね45歳以下の患者さんがほとんどでしたが、今回還暦に近い方が入られました。病気がわかってから塞ぎがちになり、家にもこもりっぱなし、ご主人につらさを訴えても気持ちをわかってもらえない、ということで近々少人数でオフ会をすることになりました。

元は若年性の患者さんしか入れなかったようですが、年齢が上の方が入られる場合は若い方をサポートしていただくという形で入会が許可されていたようです。でも今回は逆のケースなので、同年代の患者さんたちと「こういう場合、どうしましょう~?」とちょっと悩んでいます。というか、私まだその会に入ったばっかりだし、誰かをサポートできるような段階じゃないんですけど・・・(^^;;

でも今回新しく入られた方の話を聞いて思ったのですが、例え夫婦であっても、やっぱり芯からの気持ちをわかってもらうのは難しいのだと改めて思いました。だから、つらかったり不安になるのは仕方ないとして、自分以外の他人にわかってもらおうと期待しすぎないのが一番なのかもしれません。わかってほしい人にわかってもらえなくて、結局傷つくのは他でもない、自分なのですから。

June 11, 2007

書展へ行く。素敵な言葉の数々(2)

今日は社会人大学の卒論を提出してきました!
家を出たときは大雨で(大丈夫かな・・・)と心配でしたが
帰ってくる頃にはカラッと晴れて、私の心のようでした。
提出する際、教務課の担当者にかなり細かいところまでチェックされたので、内心(何か不備があるのでは・・・)とヒヤヒヤしてしまいました。でも無事に受領していただけたのでよかったです。

さて、先日の書展へ行ったときの続きを書きます。

Sho15




「乾杯」
今君は人生の大きな大きな舞台に立ち
はるか長い道のりを歩き始めた
君に幸せあれ
Sho16








生きてこそ
生きてこそ
無限に羽ばたいていく夢
Hi350609








個人的にはこのような行書が好きです

Sho10_1









全部漢字なので写経みたいですね。
書道を再開したら、今度はこういうのを書いてみたいです。

Sho8_1





「遥かとは花野の風の湧くところ」

師匠の師匠が書いた作品。
これだけだとどのくらいの大きさだかわかりませんが・・・

Sho9_1





実際にはこんなに大きな作品なんです。

最後にちょっと系統の違う作品を・・・。

Sho19

Sho18









写真におさめてきたのは、相田みつをを彷彿とさせるような作品ばかりでしたが、実際には、こういった作品はごく一部で、条幅といって書初めのときに使うような大きな紙いっぱいに書かれた作品も多くてとても見ごたえがありました。

作者のうったえるような思いがいっぱい詰まった作品を見ると、こちらまで元気がもらえました。私もいずれ、こういう風に作品を書いて出品してみたいです(願望)。

June 09, 2007

書展へ行く。素敵な言葉の数々(1)

今日は調子にのってもう1つ記事を書きます。
銀座の書展で、勇気付けられる言葉を
写真に収めてきたのでアップ♪
画像はクリックすると拡大されます。

Sho1_4 人生のスランプこそ 
新しいドアを見つける
最高のチャンスなんです


Sho2_2もっと大きなはずの自分を探す
終わりなき旅



Sho3_4道は前にある
まっすぐに行こう
まっすぐに行こう


Sho4_4空を見上げてごらん
ゆったり悠遊
雲も悠遊 鳥も悠遊
小さな自分がわかるから

Sho17Sho5_1

ちょうどパフォーマンスが始まりました。




Sho11_3今回、一番衝撃を受けた作品。
「どどーん どどーん」

中央で半紙が破けているのは、わざとです。
これで海(波)が割れている様子を表しています。




Sho6_1

言わずと知れた「千の風になって」
千の風になって
千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています




Sho7_1

思い出はいつも甘い逃げ場所だけど
断ち切れ 明日を生きるため
(今の私にズシンときた言葉。なんてタイムリーなんでしょ。)


Sho12

ありがとうは幸せを呼ぶ呪文








Sho13_1気力








Sho14_1自分の感受性ぐらい
自分で守れ ばかものよ

↑これもズシンときました(笑)

疲れてきたので、続きはまたのちほど。

乳腺外科の診察日でした

昨日は乳腺外科の診察日でした。渡米していた主治医が帰国して初の診察日だったので、待合室はあふれんばかりに混み混みでした。3ヶ月に1回、主治医と会って少しでも話ができるのが心の安定剤ともなっていましたが、昨日はあまりの混みっぷりにか、2週間ほど前に診察していただいた、若手の女医さんに診察をふられてしまいました。

若手の女医さんもまた、話しやすいし、質問もしやすいし、いいとは思うのですが、混んでいたから仕方ないとはいえ、ちょっぴりショックでした。でもたぶん、これから手術を受けるので事前説明に時間を要する人、化学療法を受けている人、のようにどうしても主治医と話す必要がある状況でない場合は、今後もこういうことになる可能性は高いだろうと思っています。

1人1人ともっとじっくり話せる時間的な余裕があれば「今の私はこれこれこういうことが不安で・・・」とか相談することもできるのかもしれませんが、最近は外科医は外科医、心の不安までをサポートしてもらうことは難しいのだと、頭の切り替えができるようになりました。でも昨日は主治医とは会えませんでしたが、主治医が主催する患者会の仲間2人に会うことができて、待っている間いろいろ話せてスッキリしました。1人は「今日はこれから化学療法なの~」ということで、あまり話している時間がありませんでしたが、もう1人は以前にもチラッと書きましたが、国内大手の客室乗務員の方でした。

患者会で初めてお会いしたとき「笑顔が素晴らしい!何の職業に就かれているんだろう?」と思いましたが、客室乗務員と聞いて(ああ、やっぱり!)と思ったのを覚えています。彼女も1年ちょっと休職していたと聞いていたので「会社に復職したとき(病気のことで)嫌な思いをしませんでしたか?」と聞いてみたところ「それが大変だったのよ~!」と。

直属の上司から、休職中なのに何度も電話がかかってきて「まだ出社できないのか?」に始まり、治療中で落ち込み気味の彼女を、家族が某温泉地へ 1泊旅行に連れて行ってくれた(←これも結果的には休職中の会社に伝えなければならなかったらしい)ところ「あら、あなた成田には来られないのに、温泉には行けるのね。」と言われたそうです。おー、怖っ。さらに復職後は「身体が資本の仕事なんだから、病人はいらない。あなたは病人なんだから。」と随分いろいろ言われたそうです。彼女は「まぁ、今でもいろいろ言ってくる人はいるけど、そういう人に何を言ってもわからないから、適当に聞き流して仕事しているよ」と笑い話にしていました。それにしても、大手の会社だから休職に対する理解もしっかりしてもらえているんだろうな、と思っていた私には、ものすごく意外だったというか、そんな鬼のような女上司のもとでも仕事を続けてきた彼女を、尊敬してしまいました。私だったらそんな風に言われた時点で、泣きが入っていただろうし、出社拒否に陥っていたかも・・・。

肝心の検査結果も、全てクリアーでした。しかも腫瘍マーカーの「検査時系列情報」というのを初めていただいて、これまでの「腫瘍マーカー値」の推移が一目瞭然でわかったのですが、過去1年分を見たところ、CA15-3もCEAもどちらも右下がりになっていて今回が一番低かったです。逆に一番高かったのが、復職して2ヶ月目、身体が疲労の局地に達していたときでした。体って正直すぎる☆

通院のあとは、私が書道を習っていたときの師匠が銀座で書展を開いている、と案内をいただいていたので、行ってきました。私自身の書道歴はかなり長いのですが、その師匠に習っていたのはわずか3ヶ月間だけ。それも習い始めてすぐに病気がわかって通えなくなってしまい「落ち着いたらまた習いに行きます」と言い続けて、早3年近く経ってしまったのですが・・・。「筆はまたいつでも持てるから、焦ることないわよ。」と言っていただけたのでそれまでは見る方専門です(笑)

銀座へ行く前に、久々の外食ランチをしました。はじめは病院近くにある「シディーク」にしようかと思ったんですが、ここはお店がちょっと狭いのと、お昼時に行くと相席させられることがあるのをわかっていたので、やめて、東京国際フォーラム内の「ラ メール リッシュ」へ行きました。一面ガラス張りで、開放感があるのでとても好きなカフェレストランです。通院帰りは、美味しいものを食べてちょっとだけ贅沢するのが習慣になっています。

La1La3_1La4La2

パスタセットは写真の1プレート+ドリンクでかなりのお得感。窓際からはこのような景色が見えます。お昼時だったので丸の内勤務の会社員が行き交う姿がよく見えました。働くのを再開したら、またあの慌しい毎日についていけるのかしら?とちょっぴり不安を感じてしまいました(^-^;

June 06, 2007

かつての親友との決別

前回の記事は本音を赤裸々に書きすぎたような気がします。
アクセス数がいつもの倍以上いってました^^;; それはさておき、あの手紙をもらったあと、精神的にものすごく疲労してしまい、本当は今は返事を書いているような場合じゃないのに(>社会人大学の、卒論提出5日前!)、便箋5枚に渡って手紙を書いてしまいました。あのまま「だんまり」を決め込んでしまおうかとも思ったけれど、何らかの意思表示をしておかないと、今度は「二人目が生まれました」とか、忘れた頃にきっとまた何かアクションを起こしてくると思ったので、「だんまり」はやめにしました。

まず、以前彼女を傷つける発言をしてしまったことへのお詫び。そして「乳がんがわかって入院したとき、そして治療に入ってから、一番会いたかったのは○○ちゃんでした。ところが入院中、そして退院後、不安でいっぱいだった私を力づけてくれたのは、他の友人たちでした。退院後、久々に連絡がきたかと思えば『再婚話が持ち上がっているから、ななこの家に行って相談したい』と言ってきたけど、あのときはこれから始まる治療のことで頭がいっぱいだったし、退院直後の私にそんな相談を持ちかけてくるなんて・・・しかも家まで来るなんて・・・と愕然としたことを覚えています。(中略)

ずっと気にかけていてくれたことには感謝していますし、3年前に傷つける発言をしてしまったことを差し引いてまでも、付き合いを再開したいというその気持ちは大変ありがたいことだけれども、私は気持ちが変わってしまいました。私にとっては、化学療法などで身も心もズタズタだったときに、さりげなく励ましたり手を差し伸べてくれたりと付かず離れずの関係が続いた友達こそが、これからも付き合っていきたい友達なんです。 学生時代~就職後と、仲良くしていたのは事実だし、そのことには本当に感謝していますが、いろいろあったこの3年間のブランクは大きすぎます。お互いの状況も方向性も大きく変わったようですし、以前のような付き合いをするのは無理だと思います。私が連絡するのは、今回が最後になると思います。せっかく連絡をくれたのに、こんなことしか書けずごめんなさい。お元気で。」と要約するとこんな内容を書いて返信しました。

以前にも書いたことがありますが、私は発病後関係がおかしくなった友人が3人いて、そのうち2人には「こういうことを言われて傷ついた」とはっきり伝えてあったのですが、残る1人、今回手紙をくれた彼女からはその後ぷっつりだったので私も気にはなっていたけど、宙ぶらりんのような状態でした。なのでもしかしたらいつかまたどこかで付き合いが再開していたかも・・・という可能性もなきにしもあらずでしたが、もう自分の中では友達と思うことができなかったので、こうするしかありませんでした。

ただ、どうなんでしょう。以前乳がん関連の本か何かで読んでちょっと記憶があやふやなのですが「一番理解してほしかった人に、理解してもらえないことほどつらいものはない」というような言葉がありました。関係が悪化した3人のことは、かつて大好きでした。女友達って本当にいいものだな~と思っていたし、これからもこの友情は続いていくと信じて疑いませんでした。病気のことは病気の本人にしかわからない、これは私自身痛感していることだし、健康で、ましてや新婚で幸せの絶頂にいる人に、この不安やつらさを口でどう説明したところでわかってもらえるとも思いません。それは自分でもよーーーーーくわかっています。それに、これは別の友人の話ですが、私の治療の一連の流れを知っている人ですら、ある段階をすぎたら「病気の話に対して、どう返事をしたらいいの?」って言われて、それ以来は病気の話をするのはピタッとやめてしまいました。毎回どころか、たまにであっても、健康な人には病気や治療についての話はピンときづらいみたいです。

でも前出の3人については、仲良くしていたからこそ、もうちょっと「想像力ってものがないの?」と思わずにはいられなかった言動がきっかけで、以前のようには付き合えないと悟ってしまいました。それ以来、親友と呼べる人はいなくなってしまったし、今いる友人との付き合いにもかなり慎重になっていますが、あまり深く付き合いすぎないのがポイントなのかな?と最近はそんな風に思っています。期待しすぎたり、深く付き合いすぎるからつらいのであって、適度な距離感のある付き合い方をしていたら、嫌な思いをすることもなかったのかな?と。

June 04, 2007

すごく苦しいです

今日、疎遠にしていた「かつての大親友」から約2年半ぶりに手紙が届きました。名字が変わっていたので(再婚したのだ)ということもすぐわかりました。この2年半という空白期間は、私が発病したとわかる直前に会ったのを最後に、その後私が大失態を演じたことで、すっかり疎遠になっていました。

でも手紙がきたということは、何か心境の変化があったに違いない、というのも明らかでした。読まなきゃいいのに、思わず開封していくうちに、手がふるえてきました。「連絡をとらなかったこの期間、ななこのことを忘れたことはありませんでした。(中略)私の近況を書きますね。昨年女の子を出産しました。今は子育て生活をしています。自分が産むまで小さな子供と接することはなかったので、初めて経験することばかりです。子供を育てて、月並みですが、親のありがたみや、人とのコミュニケーションの大切さを実感しています。」

かつての大親友が3度目の結婚にして子供を産んだのだから、普通の人ならここで「おめでとう!」と返すところでしょう。そしてこの連絡をとらなかった期間、ずっと私のことを気にかけてくれていた彼女に、少しは感謝すべきなのかもしれません。そして「病気の具合はどうですか?とても心配していますが、具合が悪かったならば、ぶしつけな問いかけですよね。ごめんなさい。すぐに以前のようには無理だと思いますが、少しずつでも、お付き合いが再開できたらと願います。もしよかったらお返事ください。」と病気のことも気遣ってくれてはありました。

でもnaonaoさんのレスにも書いたように、このかつての親友は、今の私にとっては「縁が切れて本当にせいせいした相手」でもあるので、今さら手紙をもらったところで、もう返事のしようがないと思ってしまいました。人の幸せなんて、喜べない。それもかつていろいろあった間柄の友人ならば、なおさら、そう思ってしまいます。

今さら私とどんな関係を築きたいというんだろう???新婚ホヤホヤ、赤ちゃんがいて「ほわーん」とした雰囲気の家庭に遊びに来いとでも???こんな手紙、開封しないで受け取り拒否にするべきだったと思いっきり後悔しています。それにしても、同年代の友人が結婚した、出産したと聞くたびに、自分の中の嫉妬心が黒いうねりとなって飛び出してくるので参ります。人の幸せを素直に喜べない自分は、まだまだ修行が足りないといつも思います。仕事していたときは、普通にできていたのに。ハネムーナーを目の前にして「ご結婚おめでとうございます!」って。なぜこれが友達になるとできないんだろう。それ以前に、もう自分の中ではどうでもいい!と思っていた人の出産報告に、いちいち動揺している自分に自己嫌悪です。それに私はこのパターンで落ち込むことが多すぎると思っています。

手紙を読み終わったあと、胸が苦しくなってきて悔しくて泣けてきたので、思わず母に愚痴ってしまいました。でも母は「友達の結婚・出産ネタで私が傷つきすぎる、人のことをいちいち羨むな」と言います。「そのお友達だってすごいじゃない!普通、あなたと同じ年で結婚を3回もするなんて、あり得ないわよ。それでもきっと強い意志で結婚を望んだから、結婚して子供まで生れたのよ。」と。そして「もう友達でも何でもない人のことで、いちいち悔し涙を流すのはやめなさい。むしろその貪欲さを見習うくらいの気持ちでいなさい。人のことを妬んだり、悪く言ってはだめ。」確かにそうなんだけど・・・。(クリスチャンじゃありませんが)神様は一体どこまで私に試練を与え続けるのかと言いたくなります。

今はとにかく治療に専念すること。ホルモン療法をやることにしたのは自分の意思。リュープリンを打って、生理を2年半も止めているのも自分の意思。今ここで止めるとしても、それは私の自由なんだよ。でも時々とてもつらくなる。こんな病気になっていなかったら、もしかしたら私にも今頃子供の1人もいたかもしれない(←この考え方こそ「負け犬の遠吠え」の酒井順子に言わせれば、負け犬なのだとか・・・。産まない子の年は数えるな!と ^^;;)人様のおめでた報告を聞かされるたびに、自己嫌悪に陥るようなこともなかったかもしれない。人様のおめでた報告を、いつかさらっと聞き流せるような強い人になりたい。ホテルウーマンとして、最高の笑顔で接客していたときのように。

June 02, 2007

友達に会う

昨日は関西在住の友達が、都内で研修のために上京しました。彼女に会うのは、私が発病して以降ははじめてです。体調を崩したと言ったとき、心配してメールをくれた彼女に、思わず病名を書いて返信したら、非常に困惑した様子のメールがきて、それ以降しばらく疎遠になっていました。(言ったことで相手に負担をかけてしまったのかな?)(言わなければよかったのかな?)とそのときはかなり悩みましたが、最近こちらから連絡したら、「その後全然連絡できなくて、本当にごめんね!仕事で忙しくしていました。近々上京するので、都合が合えば会いましょう!」ということで、久々の再会が果たせました。

久々に会う友人とは、大抵「体調はどう?」という話題からスタートするので、病気のことをさらっと話すだけでも結構時間がかかってしまうのですが、きのうは旅行の話で盛り上がりました。女性でバックパッカーは少ないと思うのですが、彼女は真正バックパッカーです。以前一度身体を壊したことがあるそうで、それ以降は「頑張らない」ことがポリシー。仕事もそれまでは正社員でバリバリやっていたけど、ここ最近は派遣社員として7社くらい渡り歩いてきたそうです。頑張らないつもりだったのに、現職の派遣先企業ではリーダー職を任されているそうで「シフトは私が作っているから、融通が利きやすいねん!」と言ってました。

それで仕事と仕事のつなぎ目に、海外を放浪するのが彼女流。欧米もほとんど制覇、最近のお気に入りはアジアン・リゾートだと言うので「私も去年サムイ島へ行って、すっかりはまったよ!」と言ったら、彼女もサムイは経験ずみでした。しかもスキューバ・ダイビングはライセンスも取ったそうで、すでに60回以上も潜っているとか・・・。タイやバリ島にも何度も行っているそうで「タイでは1泊200円の宿(ゲストハウス)に泊まったよ!」と言うので、びっくり仰天!!!でも彼女の話を聞いて、海外ひとり旅ができる人を尊敬する!と思いました。

旅行の話が佳境に入ったところで「ところで、体調は大丈夫?」と聞かれたので、例のごとく大まかにこれまでの経過を話しました。化学療法のことも言ってあったので「あっ!そういえば髪の毛がくせっ毛になってる!」と驚かれました。「でも、髪の毛もまつ毛もその他もろもろ全部抜けたってことは、細胞も入れ替わって、NEWななこの誕生!ってところだね」と言ってもらえて、すごく元気づけられました。治療中になんとなくその話もしてあったとはいえ、引かれたらどうしよう~って思っていたから。

友達と会って話すと、いろいろとアンテナを広げられることもさることながら、今後どう生きていこうか、どう生活していこうか、働き方は?余暇の過ごし方は?とか、自分を見つめなおして頭の中が整理できるから嬉しいです。

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