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病気(ガン)に関するニュース(読売新聞)

メモ

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March 2007

March 29, 2007

退職記念旅行?

会社近くの桜が、ちらほらと咲き始めました。毎年この桜が咲くのを楽しみにしていましたが、今年は退職してしまうからもう見れないかな?と思っていただけに、また見ることができて嬉しいです。

やはり15年間も勤めていた職場なので、一時期あれほど(辞めたい、辞めたい)と思っていたこともあったけど、いざ辞めたら意外と心にぽっかりと穴が空いたりするんじゃないだろうか・・・なんて考えています。20~35歳の一歩手前まで。女性として一番いい時期を過ごさせてもらいました。

勤務体系は過酷な職場ではあったけれど、人間関係は本当に良くて、また先輩や同僚はプライドを持って仕事をしている人が多かったので、常に刺激を受けていた気がします。自分の中で限界点に達してしまったので、退職の道を選びましたが、ホテルが好きであることには変わりはないし、これからも一ファンでい続けるに違いありません。

昨日、久々に彼に会ったら「退職したら『おつかれさま!ギュッ!』とかやらなくていいの?」と言うので「はあ!?何その『ギュッ!』って?」と返したら「いや、例えばの話だよ。別に『ギュッ』じゃなくてもいいんだけど、退職したら『おつかれさま記念』に何かやりたいこととかないの?旅行に行きたいとかさ~。」「別にない。」「え~、普通なにかあるでしょう。本をいっぱい読みたいとか。」「あ~それはあるね。『もういや!』ってほど読書したい。」

で、当初は全然そのつもりもなかったのですが、
4月上旬は青春18きっぷが使えるので、来週末あたりから急遽旅行へ行くことになりそうです。この青春18きっぷ、今年は例年よりもさらに安くて5枚つづり8000円(1枚1600円)です。つまり片道1600円で、日本全国行きたいところに行けてしまうわけです。といっても私がこの青春18きっぷを使ったのは、以前伊豆高原へ日帰り温泉に行ったときくらいなので今回が2回目なのですが。

例えば東京→京都間なら、カタコト列車で片道約8時間。仕事の合間に旅行に行ってたときとは違って、時間に追われない旅だから、たまにはそんな無謀な旅もいいかなと思います。まぁさすがに片道8時間はちょっと気が遠くなりそうですが。でも本を読んだりしゃべっているうちに、いずれ着くでしょう。これが新幹線だと片道13000円くらいだから、えらい違いです。交通費が浮いた分、おいしいものが食べれたらいいなと思います。今のところ、候補は関西方面 or 福島県(の有名な桜)。どうもバックパッカー的な旅になりそうですけどね(^_^;)

March 20, 2007

GH

先日からちょっと気になる症状があり、今日は出社前に会社近くの婦人科へ行ってきました。あ~、もう!どうしてこう次から次へと、身体に不調な箇所が出てくるんだろう・・・。気になる症状というのは「GH」っぽい症状が出ていたこと。「GH」とはなんぞや!と思ったそこのあなた!GH(グランド・ホステス)のことではありませんよ!一応、まだ嫁入り前の身の上ですので、さすがにそのまま病名を書くのはためらわれたので、あえて伏せました。知りたい方はネットで検索してください(^_^;)

乳がんになる前、一時期頻繁に「口唇ヘルペス」が出た時期がありました。いわゆる「熱の華」です。抵抗力や免疫力が落ちているときに、なりやすいという病気ですが、これがまた一度できるとなかなか治らないのと、一度感染するとそのウィルスの保持者になってしまうので、何度も再発を繰り返してしまうというやっかいな病気です。

今回もしできたのが「GH」だとしたら・・・。以前職場でなってしまって大騒ぎしていた人がいたけど、悶絶するほど痛いらしいので、これは困ったなと思っていました。しかも「口唇ヘルペス」にしろ「GH」にしろ、他人にうつるので、とても注意が必要です。

ドキドキしながら診察を受けた結果、「GH」ではありませんでした!!!ただ炎症を起こしていただけでした。あ~よかった!!!病院へ行く前に自分でネットで調べたところ、抗がん剤を投与した経験がある人は、免疫力が下がるので、ヘルペスとか帯状疱疹ができやすい、と書いてあったので、自分の中ではもう間違いなく「GH」だと信じて疑わなかったのです。

私はちょっとどこか具合が悪くなると、すぐ彼に「今度はここがこれこれこういう症状で」と説明してかかるので、毎回聞かされるほうはたまったものではないと思うのですが、さすがに今回は「GHかも・・・」と言ったら「まじめに生きてるのにどうしてこう病気ばっかりするんだろうね」とちょっと絶句していました。本当にそうだよ、まじめに生きてるのにどうして次から次へといろんな病気が出てくるんだろう。今回はGHではなくてホッとしたけど、やっぱり身体の抵抗力とかは落ちたままなのかな~?と久々に落ち込みそうになりました。でも仕事ももう残り10日を切ったので、頭を切り替えないと落ち込んでいる暇はないぞ~。

March 15, 2007

経験者は語る

先日は友達に誘われて、オペラを聴きに行ってきました。有名どころの曲ばかり、約20曲。思わず口ずさんでしまいそうな曲も多くて、楽しいコンサートとなりました。オペラ歌手の他に、合唱団員も一緒に歌っていたのですが、私は昔から1度でいいから舞台の上で合唱曲を歌ってみたいという夢があるので、退職後、年末のコンサートに向けて練習をしている合唱団に入ってしまうかもしれません(笑)第九もいいけど、今回聴いてきた曲の中ではシベリウスのフィンランディアとか、ビゼーのカルメンがとてもよかったです。

今までは仕事もあったし、合唱団のように毎週の練習に通うことができなかったけど、やっと時間ができるので、これから約半年間は自分の好きなことに時間を充てるつもり。とはいえ、一方では次の仕事探しにも余念がなく、派遣会社にもいくつか登録してアプローチしたり、派遣だけではなく、契約社員、正社員の募集にも一応目は通しています。

今回のコンサートに誘ってくれた友達は、私が手術した直後くらいに結婚したのですが、彼女に会うと毎回言われることがあります。それは「もし結婚したいと思うのなら、ターゲットを絞らないとダメ!」とのこと。タタタ、ターゲット!?という感じですが、彼女のまわりはこの1年ほどずっと結婚ラッシュで、私と1歳違いの彼女の友人たちは、結婚相手を見つけるのに奔走していたとのこと。

しかも、デートの相手は1人じゃなくて、常に3人くらいキープしていたというから驚きです。「だって別に付き合ってるわけじゃなくて、まだ様子見のデートの段階だもの。普通、2~3回デートすれば相手のことがある程度わかってくるでしょう。まあ大抵は2回で大体のことがわかるけど、3回デートすればこの人と合うか合わないか、というのがわかるんだよねぇ。それに20代の後半のときって、相手の人も構えるからなかなか先に進まないんだけど、30代になってからのほうが、気楽にデートに誘えるようになったから、この1年はいろんな人とデートしたよ~。」と、結婚にこぎつけた、その彼女の友人たちの武勇伝を私に話して聞かせてくれたのでした。

「だから、ななこももし本当に結婚したいと考えているのなら、デートをする相手じゃなくて、向こうも結婚相手を探している人と付き合うのが一番の近道だよ。」と、その友達からよくアドバイスされています。「それをしないということは、まだそれほど結婚したいと思っていないってことだよ。」とも。

でも正直、自分でもどうしたいのかよくわからない、というのが本音です。付き合っている人=結婚相手になりそうか、というと(うーん!?)という気もするし、一般論として、男性側が結婚に対して乗り気ではないカップルの場合、付き合いばかりがズルズル延びて、一向に結論が出ない、というケースも今まで何度となく見てきた。

それに病気を経験してから、新たに誰かと付き合う、というのはちょっと想像がつかないのです。最初から病気のことを知ってくれてる人ならともかく、まっさらな状態で知り合って、いずれ自分の病気のことを打ち明ける・・・というプロセスをふむのが怖いし、面倒という気持ちもある。だから、どうしても現状維持を選んでしまうのですが、どうしても(体のことがなかったら・・・)と考えてしまう自分もいます。

しまった、ブログ書いてたらもうこんな時間。睡眠時間を削るのは体にも良くないってわかっているのに、ついつい夜更かししちゃって、自分でもバカだなあ、と思います。

March 10, 2007

おじいさんと音楽と私。

おととい、元いた病院の放射線科を受診してきました。術後3年目に入ったので、放射線科の受診は6ヶ月ごとでよくなり久々の通院だったのですが、着いてびっくり!新館(?)の拡張工事が終わって、放射線科も場所が移動していました。以前はものすご~く暗い別館みたいなところの地下にあって、そこへ行くまでの道のりがまたちょっぴり怖かったのですが、今度の場所はとても明るくて今までのイメージが一新されていました。

前回のときは、術側の腕(手の甲から手首、肘、脇にかけて)が全体的にむくんでいて、そのことを指摘されていたのですが、今回はそのむくみもだいぶ良くなり、主治医から「だいぶ落ち着きましたね」と言われました。そういえば、放射線科の受診のときも、同じ部屋に研修医っぽい人が座っていました。狭い診察室なので、人が3人いるとかなり圧迫感があるのですが、その研修医の人は、主治医と私の会話を横で聞いているだけ、という感じでした。

病院の帰り道、最寄り駅まで遠いのでバスを待っていたところ、隣りに90歳くらいのおじいさんがいて、話しかけられました。自分はもう38年もこの病院に通っているとのこと。私が「えっ、38年もですか!?」と驚いてみせると「僕のはね、治らない病気なのでね、上手に付き合っていくしかないんですよ。」と言うので「でもこうして38年も通われているということは、上手に付き合ってこられたんですね。」と。すると「僕は50歳くらいのときに、足に血栓ができてね。これが体のどこかに飛ぶと、命に関わるんですよ。でも旅行が好きだから、平気で飛行機にも乗っちゃうんだけどね。「血栓もち」が飛行機に乗ると、エコノミー症候群になりやすいから、本当は乗るのは危険なんだけどね。僕は戦争中は陸軍のパイロットだったんですよ。だから今でも飛行機が好きでやめられない。」

するとこのおじいさん、今までに3回も死にかけたことがあるというではありませんか。1回目は戦争中、背中から撃たれたとのこと。2回目は戦後に破傷風にかかってしまったこと。破傷風というと、ずいぶん昔に「震える舌」という日本映画を見たことがあって、それが破傷風にかかってしまった少女のすさまじい映画だったので、思わずおじいさんの顔をマジマジと見つめてしまいました。そして3回目は、なんと川に落っこちて流されたことがあるとのこと。

そんなに何回も命の危険にさらされて、さらに病気を抱えていてもこんなに長生きできる人がいるんだー、とそのおじいさんから「長生きの素」をちょっとだけ分けてもらった気分になりました。でも最後の最後に「ところで、あなた(→私のこと)もこの病院に通っているということは、何か大きな病気でもしなさったか?」と聞かれたので、「そうなんです」と一言だけ答えておきました。

今週は、乳腺の方の病院で「公開講座(乳がんの治療と診断について)」があるので、参加しようかなと思っていましたが、急遽、友だちから「オペラのチケットが手に入ったから行かない?」とお誘いがきたので、公開講座はやめて、そちらへ行くことにしました。病気のことで勉強したり知識を得るのも大切なことかもしれないけど、大好きな音楽で癒される時間を過ごすことは(私にとっては)もっと大切なことなのです。

March 06, 2007

強くなった髪の毛

先日3ヶ月製剤のリュープリンを打ったのですが、原液が濃いからなのか何なのか、打った跡が未だに痛いです。ぽわーんと赤く腫れている感じ。ちょっと心配だけどしばらく様子を見てみます。

今週は元いた病院(今通ってる乳腺センターのある病院とは別)で、6ヶ月ごとの放射線科の診察もあります。手術した病院だから、やっぱりそっちのほうが私にとっては「ホーム♪」という感じなんですよねぇ。

さらに来週は主治医による市民講座があるので、そちらも拝聴しに行こうかと思っています。不思議なもので、普段は病院とはあまり縁をもちたくないと思うのに、やはりそういう市民講座などの集まりがあると、足を運んでみたくなるんですよね~。それに患者会のメンバーの人たちもけっこう来るようなので、その人たちと会って話すのが楽しみというのもあるかも?

患者会、と書くとかなり仰々しい感じに聞こえてしまうかもしれませんが、気分が乗って参加したいときだけ参加して、参加したくなければしなくても構わないし、どちらかというと病気絡みの話をするために集まっているのではなくて、治療をしつつも、オフ会でお花見をしたり会食をしたりという、いたって気楽な集まりです。

次回の幹事をすることになった関係で、同じ会のけっこういろんな人からメールがくるようになり、幅広い年代の人とやりとりするようになったことも楽しいです。この病気になっていなかったら絶対に知り合えなかったような方とも知り合いになれたことも嬉しいですね。

ところで、1年前の今頃、脱毛後に生えてきた髪は「くるくるパーマ」でしたが(>「ハケンの品格みたいですね」)、あれから1年経って、ようやく以前の髪質に近い、ストレートに戻りました。まだ多少のクセは残っていますが、先日美容院へ行ったときに「ななこさん、髪の毛を見ただけで体が回復に向かっているのがわかりますよ。1年前の髪の毛は、もう見ていられないほどフニャフニャだったけど、今は以前にも増して、コシのある強い髪の毛に戻りましたね。化学療法中のつらい状況のことは見ていないからわからないけど、今の髪の毛を見れば、病気をしたということすら、わかりませんよ。」と言われました。

髪の毛については、母からよく「もう以前のようなストレートな髪質には戻れないと思うから、これからはクセっ毛でも似合うような髪形を考えないとね」と言われていたのですが、私が「大丈夫だもん、きっと元のようなストレートに戻るもん。ちょっと時間はかかるけどね」と言っていたので、今またストレートに戻って母もびっくり。「まさか、本当に元に戻るとは思わなかったわ。あんなにクリンクリンの毛だったのにね!」と言われました。私はといえば、せっかくストレートには戻ったけど、以前のようなセミロングではなく、当分「ショート」を楽しみたいと思っています。

March 03, 2007

検査結果は・・・

昨日は乳腺の通院日でした。といっても目的は例の「脂肪腫ちゃん」の細胞診の結果を聞くためでした。この2週間、長かったな~。前夜には、普段は寡黙で病気のこととか何も言ってこない父がポツリと「(検査、検査で)気が休まることがないと思うけど、しっかりな。」と言ってきたので、ちょっとじんわりときてしまいました。

昨日も外来は混みあっていて、またまた2時間ちょっと待ちました。でも最近は2時間なんてけっこうフツー。ただ、主治医主催の患者会で知り合った方にちらほら会い、周囲の迷惑にならない程度におしゃべりしていたから、時間が経つのはあっという間でした。そのうち1人の方は、乳がん術後15年目に入ったとのこと。それでもこれまで何度か検査で引っかかったことがあるらしく「何年経っても、検査で『何かある』と言われるとドキッとするわね。」とおっしゃっていました。

いろいろお話しているうちに、その方は乳がんの手術のときは抗がん剤治療をしなかったけど、その前のもっと若いときに子宮の病気で抗がん剤治療をやったとのこと。子宮がんではなく、第1子を妊娠したときに、胎児がうまく成長しない病気の治療のためだったとのこと。その病気がわかった当時、周囲は「子宮を摘出したほうがいい」と猛然とすすめたそうなのですが、結婚したばかりでどうしても子供が欲しかったので、本人の強い希望で手術はしなかったそうです。でもその後2人の子供に恵まれたとの話を聞いて、励みになりました。

私が治療でリュープリンを打っているので、生理を止めてもう2年4ヶ月ほどになるという話をすると、その方は「でもいずれ子供が欲しいのでしょう?」と。「そうですね~。でも子供の前にまず結婚しないと・・・(笑)それに私も今年で35で、そろそろ年齢的にタイムリミットですから、子供は無理じゃないかと思ってます」「あら、でも最近は40歳でも生んでる人多いみたいよ。」

そんなことを話していたら、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが、乳腺センターの受付のところで何か話しています。どうも、看護師さんが誤った案内をしてしまって、小児科に案内するところを乳腺センターの階数を伝えてしまったようでした。「ここは乳腺センターって書いてありますけど、小児科ではないですよね?乳腺は私は関係ないので・・・」と言って、彼女は去っていきましたが、そのとき周囲にいた人たちが一様に(あの人は乳がんじゃなかったのね・・・)という表情をしたのが印象的でした。

先日読売新聞にも偶然「子供を産むなら、できれば30代前半までに。35歳を過ぎると卵子の質が急激に落ちます」というような記事が特集で載っていて、ふと手を止めてしまいました。私がこの病気を告知された32歳のとき、初診の男性医師はそのことをとても心配してくれていたようでした。乳がんの説明を受けつつも、呆然としながらも「治療をしたあとでも、子供は産めますか」と聞いた私に「まずは治療が第一です」という答えが返ってきて、さらに「乳がんの治療がひと段落するまでに、少なくとも5年はかかります」と説明されて、ますます頭が真っ白になったのをまるで昨日のことのように思い出します。

5年後といったら、37歳。運よくそれまでに結婚したとして、その後(これまた運良く)もし子供ができたとしても出産は40歳間近???自分なりにそれまでに思い描いていた未来予想図が、ガラガラと音を立てて崩れていった瞬間でもありました。さらに私のようにリンパ節転移があって、ホルモン感受性もある場合、子供ができることによって病気が進行する可能性も高そうな感じです。(>ネットや乳がん関連の本などでいろいろ調べてみた。)さらに、やはり高齢出産自体、ものすごくリスクが高そうなので、この頃は自分の頭の中から「結婚」とか「子供」というキーワードは考えないようにしていました。それなのに、何かの記事で見つけたり、人から「いずれは欲しいのでしょう?」と聞かれたりすると、ついつい(うーん)と考えてしまいます。自分の意思とはいえ、リュープリンを3年間打つから、打ち終わると36歳間近だし。そもそも生理が戻ってくるかどうかもわからないし。5年先だったはずの「37歳」が実は2年半後に迫っているのにもちょっとびっくり。

さて話がどんどん反れてしまいましたが・・・診察室に呼ばれると・・・あれ?主治医の他に、20代半ばくらいの男性の研修医が2人いました。(えっ、ちょっとちょっと!いくら乳腺の研修医といえど、今日この2人に乳房を見せたり脂肪腫を見せるのは勘弁してよ~。)と思いましたが、結局肌をあらわにすることはなく、助かりました。おじさんならまだしも、若い殿方にはやっぱり見られたくないです(笑)
そういえば、手術で入院していたときも、若い男性の研修医がいて、ちょっとおっかなびっくりに診察していたのを思い出します。まだ手術前のガンがある胸を、触診されたりもしたし・・・。

肝心の細胞診の結果は「クラス2」で良性でした。乳がんのときは一発で「クラス5」の悪性の判定が出たので、今度という今度は本当にほっとしました。なにぶん(脂肪腫が)急激に大きくなっていた(ような気がしていた)ので、もしまた「残念ながら悪性です」って言われたらどうしよう、ってずっと心配でした。ただ良性ではあるけれど、これからも経過観察が必要なのは言うまでもありません。あと、自分で触りやすい位置にしこりがあるので、なるべく触らないようにと言われました。

家へ帰ると、それまでの気疲れが一気に出たのか、猛烈な睡魔が襲ってきて5時間近く昼寝してしまいました。夕飯も食べないままに爆睡して、次に目が覚めたのは夜23時頃でした。そのときにふと考えた。今私が考えたり悩むべきことは、産めるかどうかもわからない子供のことなどではなく、正社員を辞めたあと、どうやって生きていくかってこと。今まで15年間も同じような毎日をおくってきたから、退職後はどうするか、何をしたいのか、をしっかり見据えることのほうがよっぽど大切だと思うのです。

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