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病気(ガン)に関するニュース(読売新聞)

メモ

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October 2006

October 30, 2006

市民公開講座へ行ってきました(2)

専門医の先生方の話もよかったのですが、それ以上に深く感動したのが、同じ病気を経験した4人の方の話。

1人は前述の50個以上のリンパ節転移があったという方。「はじめ病気のことは全然知らなくて、主治医から病理の結果を聞かされて『あなたのリンパ節転移は50何個です』と言われて、そのときは(そうなんだー)と思ったけど、退院後に乳がん関連の本を買って、勉強を始めてびっくり。他の人はリンパ節転移がなし、1~3個、4~☆個、10個以上、という風に区切って、予後因子を推し計っているのに、自分の50何個というのは一体どういうこと~!?って思いました。」と話された瞬間、会場はドッと笑いが・・・。本来ならば笑うような箇所ではないのですが、今日の公開講座では、随所に笑いあり、涙あり、で、(やっぱりこういう風に、病気のことを真正面から受け止めようという気持ちを芽生えさせるための場も大切だな)と思いました。

また、再発を克服された方が体験談を話されたときは、会場中が水を打ったように静まりかえりました。9年前(1997年)に乳がんの手術、その1年後に突然右(?)半身に麻痺が起きて歩けなくなって病院に担ぎ込まれて、検査の結果脳転移が見つかったそうなのですが、その後脳に放射線をかけ、治療が功をなして現在に至るそうです。また、主治医いわく「担ぎ込まれてきたときのカルテを見たら、以前と名字が変わっていたので(あれ?)と思ったら、彼女は治療中にご結婚されたんですよ。」と話されたのを聞いて、とても勇気付けられました。

術後1年で転移が見つかって、当時大変落ち込んだけれども、まず本人が「まだまだやりたいことはたくさんある。今ここで死ぬわけにはいかない。何としてもガン細胞をたたき潰す。」という強い気持ちを常にもちながら、治療に臨まれたそうです。そしてご主人も、彼女に「きっと大丈夫」といつも励まし続けてくれたそうで、そのことも彼女にとって大きな支えとなったそうです。

そして今日の公開講座の最後に主治医が言った言葉。「病院では普段『死』という言葉はタブーになっているから、診察の際にもその言葉は使わないようにしている。でも命に関わる病気である以上、どうしても治らないこともある。でも(治らないとわかっても)その後をどうやって生きるかが大切なのです。落ち込みっぱなしてその状況から抜け出せない方もいらっしゃるけれど、再発しても別の楽しみや生き方を見つけて生きている方もたくさんいらっしゃるんです。乳がんになったから『終わり』なのではなく、乳がんになったことで『あなた』が日々をどうやって生きるか、ということをよ~く考えるので、輝き始めるんです。」他にもいろいろいいことをおっしゃっていたのですが、いざ文章にするとうまくまとまらないわ・・・(>_<)

P.S. 帰宅したら、友人から「子供(今年の3月に生まれた)のブログを作ったからよかったら見てね」とメールがきていました。母親の心理というのはやっぱり周囲に見てもらいものなんですねぇ。この友人は私の事情はかなり詳しく知っています。少し前までこの手の話題には全く余裕がなかったけど、今の自分の状況と友人の状況はもう全く別次元のことなんだと思うようになったら、少しは気が楽というものです。この友人の子供とは四ヶ月くらい前に一度会っているのですが、そのときは全く歩けなかったのに、もう今は「つかまり立ち」ができるほどまで成長していてびっくり。子供の成長って早いのですね。

October 29, 2006

市民公開講座へ行ってきました(1)

このところ、仕事の休みの日というと「単発休み」しかないのですが、有意義に過ごせている気がします。前回の休みは母と「佐原日帰り旅行」へ行ってきましたが、今日は私がお世話になっている病院の乳腺センター主催の「第一回市民公開講座」へ行ってきました。それも発起人は私の主治医でした。

今月の25日で、病気がわかってから丸2年が経過しました。この2年間、インターネットや乳がん関連の書籍で自分の病気の情報を調べることはあっても、こういった公開講座や患者会の集まりには一度も顔を出したことがありませんでした。今でもそうですが、なかなか病気のことが受け入れられなかったことと、そういう病気関連の催し物に参加するとかえって気が滅入ってしまうというのがその理由です。

でも丸2年が経過して、やっと少しだけ心に余裕ができてきたというか、この病気と共存していくためには、やはり最新の情報を知っておきたい、という気持ちも芽生えてきたのです。予定では第一部と第二部で合計約3時間と聞いていましたが、実際は大幅に時間が延びたので、終わったときには外はもう真っ暗でした。

感想はというと・・・行った甲斐がありました。自分でも病気のことはいろいろ調べていたつもりではいたけれど、やはり誤解している部分もあったし、普段診察室で診てもらっているわずかな時間だけが主治医と話せる唯一の時間だったので、主治医をはじめ、腫瘍内科医や放射線腫瘍医、病理医の方々から貴重な話を聞くことができて、自分は1人でこの病気と向き合っているわけではないんだ、と強く感じました。

「東京で(自分にとって)最先端の治療を受けている。できること(治療)はすべてやったから、あとはもうくよくよ考えないことにしている。」リンパ節転移が50個以上もあったという、ある患者さんの体験談の中での言葉です。普段自分がどういう水準で治療を受けているのかなんて、あまり意識していなかったのですが、現場のお医者さんの側から見ても、やはり地域格差があるのは認めざるを得ない、という話でした。

今日の市民公開講座の啓蒙活動の1つに「日本全国、どこで治療を受けても、標準治療が受けられること。」というのが目標に掲げられていました。もちろん、東京以外の都市でも、東京と同レベルの治療を受けている人も多いとは思います。最近は何でも「格差社会」という言葉で片付けられる傾向にありますが、医療で「格差」があることほど悲しいことはないので、少しでも地域格差が縮まりますように、と思いました。(長くなってきたので、2つに分けます)

October 23, 2006

残業の嵐

またもや!今日もプラス3時間のサービス残業でした。サービス業だからって、残業までサービスでするつもりはないんだけどな・・・。今朝は5時に起きて6時に家を出て、会社に着いたのが7時半頃。勤務は8時からでしたが「1日フル回転」しても、全然あがれず・・・。本当に慌しくて忙しい1日でした。

仕事中「あー。もう今日はだめ。」とか「一体何なの、この仕事の量は!?」と何度も愚痴をこぼしてしまいました。そしてようやく仕事を終えてあがったときには夜8時近くなっていました。あり得ないっ!!!明日もまた5時起きですよ。早く寝なくちゃ!!!

やっぱり、今のこの生活は自分の体のためによくないなと思う毎日。次は30分以内で通勤できる会社がいいなあ。(となると県内になってしまいそうだけど。)片道1時間半の通勤はどうしてもネックになってしまう。今の会社を辞めるということは、今まで培ってきたキャリア(といえるほどではないけど)を捨てることになるので、ちょっぴり寂しい気持ちもあるけれど、日1日と退職に向けて、自分の中で気持ちの整理がついていってるような気がします。あぁ、もうすぐこの会社とお別れなのか。毎日やっているこの仕事も、毎日会ってる上司や同僚たちとも、もうすぐお別れなのね、って感傷に浸ってみたりして。でもまだあと4ヶ月あるので、あまり実感が湧かない部分もありますが。

October 22, 2006

いざ水郷地帯へ♪

10月も後半に入りましたが、前半はまだしも、後半のシフトは「4勤1休4勤1休」の繰り返しなので、ちょっと疲れが抜けにくいかも・・・。土日の今日はホテルの客室が満室に近かったので、かなり忙しかったです。まあ年内いっぱいはこんな感じなんだろうなぁ。その貴重な単発休みの日ですが、母のたっての希望で(来週)千葉の佐原(水郷地帯)へ日帰りで行く予定です。(→実はまだ一度も行ったことがない☆)

千葉県の観光名所で一番有名な場所は、なんといってもTDRですが、他にも見どころはいろいろあるんですよ~。思いつくだけでも、銚子(犬吠崎)とか海ほたるとか国立歴史民族博物館とか・・・養老渓谷とか矢切の渡しとか・・・。他にもいろいろ・・・(笑) 

同じ県内でも千葉県は意外と広いので、南房総ともなると、うちからでも電車で2時間はかかります。今回行く佐原は、おそらく片道1時間半くらい???秋は行楽するには最適な季節ですね。(珍しく短文です^^;)

★トクー!トラベル★

October 19, 2006

これって嫌がらせ?

今日もまた、残業祭りでした。ふう~(-_-) それはいいんですが、仕事中に上司が気になる発言をしていました。どういう話の流れでそうなったのか、出だしの方は聞いていないのでよくわからないのですが、私が気付いたときには「俺の家系はガン家系で(上司のお母様、奥様共に婦人科系のガンになり、お母様はご存命ですが奥様は数年前に亡くなりました、その後すぐ再婚しましたけど。)」「親戚中見回しても、ガンになった人が多い」「8人中6人がガンで死んだ」「内訳は男が全員肺ガンで、女は子宮ガンと乳がん」「たばこを吸わなかった人に限って、みんな死んだ。ガンになったけど、今生きてるのはヘビースモーカーばっかり。」

断片的に拾った言葉ですが、私と同じ部署の人たちに向かって、確かにそう話していました。一体なぜ?全く理解不能です。仕事中に、ましてや、私は今その病気の治療中で、もちろん上司も病名を知っているのに、なぜ他の人たちの前でガンのことを話題にするのでしょう?実は上司がこういう話をするのは今回が初めてではありません。

前回のときもそうでしたが、こういう話題が出ると、本当にいたたまれない気持ちになります。しかも何か希望の持てるような話の流れならまだわかるのですが、誰それが死んだ、しかも乳がんで、とか言ってるので、本当に嫌な気持ちになりました。でも上司がどんな顔をして話しているのか、見るのも嫌だったので、私はそんな話題など何も聞こえない振りをしていましたが、その場から離れたい思いでいっぱいでした。今思い出しても腹が立つ!!!

私に直接言ってきたらもっと嫌な気持ちになると思いますが、事情を全く知らない部下(私の後輩)に、そういう話題を振っているのを見ると、間接的に嫌がらせをされているのではないか?とも思えてきます。上司に退職表明をしてから1週間近く経ちましたが、辞めることにして正解だったなと思いました。

私は入社以来、10数年間、ずっと同じ上司の元で働いてきました。以前から、優しい面と意地悪な面の二面性を持っている人だなとは思っていたけれど、今日の言動を聞いてそのことを再確認してしまいました。(でも本当に優しい人ならば、不愉快になるようなことは言わないはずですよね・・・。)

それにしても、退職の意向は、上司の上司(部長)にちゃんと伝わっているんだろうか?その後、一度もその話題も出ないし、まだ周囲には全く伝わっていないようなので、少し心配になってきました。まあ、もう少し様子を見てみようとは思っています。

October 18, 2006

健康診断でした

今日は3時間近い残業になってしまい、参りました~(ふぅ。)
ところで、会社で健康診断がありました。半年に一度あるのですが、4月のときのように採血などはなく、肺のレントゲン・尿検査・内科検診・血圧測定・身長・体重測定・視力検査でした。ただ、レントゲンに関しては病院でも3ヶ月~半年に1回は撮っているので、会社のはパスさせてもらいました。

でも今日は何となく嫌な感じだったな~。というのも、健康診断を受ける前に、受付のところで問診票を見せてチェックを受けるのですが、周囲には(これから一緒に健康診断を受ける)同僚たちがズラーッと並んでいて、下手したら問診票の中身が見えてしまいそうな雰囲気だったのです。私の場合は、モロに「既往歴・乳癌」ってバッチリ書き込まれているので(周囲の人に見られなくないよー)と思いました。

それに血圧測定のとき(→この時も同じ部屋に同僚が3人くらいいた)には「今までに、ご家族やご本人で何か大きな病気をされたことはありますか?」と聞かれたので(おいおい、ここで病名を言わせるのだけは勘弁してくれよー。周りの人に聞かれたらどうするの!?(-_-;))と思い、自分の口から病名は言わずに「私自身が大きな病気の経験がありますが、詳しくはここを見てください」と言って、問診票の既往歴のところを指差しました。血圧測定担当の人は、一瞬「え?あ、はい」という表情になり、問診票に目を通しました。年齢が私と同じくらいの女性だったせいか、病名を見たときに、目を大きく見開いたのを見逃しませんでしたよ。

さらに内科検診のときも、聴診器を当てられる際に「何か治療中の病気などはありますか?」と聞かれたので、ここでもまたまた問診票を指差してしまいました。だってツイタテ1枚隔てたすぐ隣りで、別の若い同僚が診察を受けてるのがわかっているから、どうしても言いたくなかったんです。このときの担当は年配の女医さん。問診票にチラリと目をやりましたが、特に動じることもなく、診察はすぐに終了しました。

今回は、周囲に人がい過ぎて、いかに他の人に(病名などが)バレないようにするかに気を遣いすぎたためか、自分の身長、体重の測定の結果を見ておくのを忘れてしまいました。私の身長は(4月に測ったときは)162センチ。でも体重は・・・ああ、考えたくない(^_^;)

October 16, 2006

サークルのこと、仕事のこと

昨日は私が所属する某サークルの集まりがあって、横浜まで行ってきました。年に3~4回集まりがあるのですが、私は今年の年明けに参加したっきりだったので、久々に他のメンバーと顔を合わせました。社会人になってから入った趣味のサークルで、かれこれ8年くらいの付き合いになります。

男女比はほぼ半々で、年齢層は当時は20代が多かったのですが、あれから年月が経ったので今は30代がメインになっています。サークル内の女性たちはここ2年ほどでバタバタとみんな結婚していき、ふと気付いたら独身組は少数派になっていました。

1人1人、近況報告をする時間があったのですが、そのときに「実は・・・来年2月いっぱいで会社を辞めることにしました。」と話し出したら、それまで和やかなムードだった会場内が一気にシーンと静まりかえってしまい、内心(やばっ!何なの、この静けさは・・・!!!)と思いながら、話をする羽目になりました。しかも他の人はみんな1分くらいで話を終えているのに、私は話し始めたら止まらなくなってしまい、1人で5分くらいしゃべってしまいました。

普段、会社の人意外とはあまり接点のない私にとって、サークルの仲間たちは、とても貴重な存在です。共通の趣味から成り立っているサークルなので、話も弾むし、1日があっという間に過ぎていきます。でも、楽しい時間を過ごせば過ごすほど、自分の中に違和感が生まれていることも確かなことで、ふとした瞬間に、自分の心の中の谷間に落ちてしまいそうな気がしました。

2次会で飲み会があったのですが、そのときに女性陣からは「お仕事、長い間お疲れ~!今まで頑張り過ぎたんだよ。少し休んだほうがいいよ。」って言われたけど、男性陣からは「『会社を辞める』って言うから、そのあとに続く言葉は『寿退社です』かと思ったけど、違うんだね~。」って言われたことが、ちょっと引っかかっています。今時「寿退社」なんて言葉は死語かと思っていたけど、まだそう考える人がいるんですね~。びっくりしました。

会社を辞めることについて、不安はありますが、どんな毎日になるのかな?というちょっとしたワクワク感はあります。公共職業訓練も選択肢の1つに入れています。今の会社を辞めずにいたとすると、半年後、1年後、自分が今と全く同じ仕事をしていることは想像つくし、夜遅く帰って来て、翌朝5時とか6時に起きて仕事に出かけていく・・・というスタイルをず~っと続けていくことに、もう自信が持てなくなってしまったので、今の仕事はここらが「潮時」なんだろうな、と思っています。

そういえば、退職の話を上司にしたときに言われた言葉が「(ななこは)復職後、周囲にかなり気を遣っていた・・・というか遠慮がちに仕事していたのが気になっていた。もう長くいる職場なんだから、君がそこまで気を遣う必要はなかったのに。」ということと「仕事に対して(以前と比べて)受身の姿勢だったのも気になっていた。」とは言われました。1年間のブランクは、けっこう大きかったのと、私が休んでいる間に、同じ部署のメンバーの顔ぶれがかなり変わっていたので、その点では確かに遠慮がちにはなっていたかもなぁ、と思う。

受身という指摘については、悲しいかな、本当にそのとおりだと思います。「あれも!これも!頑張るわ!」という姿勢にはほど遠かったと自覚しています。何と言うか、自分の中ではスローなペースでしか仕事ができなくなっていて、周囲の人たちの仕事の速さ(というか流れ?)に着いていくのが、難しく感じられてしまっていたんですよね☆

October 14, 2006

つ・い・に・・・!!!

ついに今日、上司に退職したいという意向を伝えることができました。私が休憩時間に入るときに、上司がタイミングよくトイレに行こうと立ち上がったのが見えたので、偶然を装って、わざと上司が戻ってくる時間を見計らいました。案の定、上司が戻ってきて、廊下ですれ違いそうになったので、そこで「課長、ちょっとよろしいでしょうか?」と話を切り出しました。

最初は「ん?何だ何だ?」という顔をされましたが、そのあとに「実は・・・」と言ったらすぐにピン!ときたらしく「本当はもうしばらく頑張りたかったけれど、以前と同じような気持ちで仕事に向かうことができなくなってしまった。」ということと「術側の腕にむくみが出始めてしまい、実は電話を取るのも、パソコンを1日中たたくのも、かなりつらいと感じるようになってしまった」ということを伝えました。

ただ、長らく休職をさせていただいたのに、スムーズに(特に嫌な思いをすることもなく)復職することができたのは、課長をはじめ、周りの先輩や後輩の皆さんのおかげだと思っています、退職を決断して、課長にご相談しようと最終的に気持ちが固まるまで、2週間悩みっぱなしでした、と(今考えると)そこまでバカ正直に言わなくてもよかったのでは?と思えることまで言ってしまいましたが、自分が伝えようと思っていたことは、ほぼ伝えることができたと思います。(上司は「2週間も悩んでいたのか?」とかなり驚いていましたが。)

上司は、休職後復職してきた私を見て(この人は当分退職しないだろう)と思っていたらしくて、最初はかなり驚いた様子だったのに加えて「えー!辞めないでくれよ!古い人に辞められたら、俺もつらいよ。」と言われて「はたから見てると、全然病気には見えないよ。顔色もいいし、大丈夫、大丈夫、まだ頑張れるよ!」とも言われました。

でも私が動じないのを見て「辞めるって、まさか今月とか来月いっぱいってことじゃないよな?(退職時期は)いつ頃を考えてる?」と聞かれたので「希望としては実働は12月半ばまで、その後1月末日までは有休消化・・・とも思いましたが、年末年始が忙しいのがわかっているので、そこまでは働こうかと思っています。そうなると、逆算すると1月半ばまで実働で、その後1月後半から2月末日までは有休消化させていただこうかと思ってます。」というと「そこまでいてくれるのなら、助かるよ。でもまだ部長には言わないで俺のところで話を止めておくから。もう少しよく考えて。また相談して今後のことを決めよう。」と言われ、同じ部署の先輩(→シフト作成担当)にはまだその話をしないように、と言われました。(まぁ、それは当然ですが・・・)

この調子でいくと、退職するまでにあと4ヶ月ちょっとあるけれど、その間に今後の方向性を決めなくちゃと思っています。最初のうちは、実働は12月半ばまでで、その後、年末年始は家でのんびり過ごそう・・・って思っていたけど、どうやらそれは無理みたい。クリスマス、お正月・・・とうちの職場にとっては繁忙期が続くので、最後まで気を抜かずに仕事をしようと思ってます。ホテルウーマンとして仕事するのも、たぶんこれが最後かと思うと、ちょっと感慨深い気もするなぁ。

October 11, 2006

同じ病気のお客様・・・

今日は出社早々、複雑な思いをしてしまいました。ここ最近、よくうちのホテルを利用してくれるようになった女性のお客様。(ホテル内にある)フィットネスクラブで泳ぐのが楽しみ!ということで、本当にちょくちょくお越しになるのですが、本人いわく「実は私はガンで、余命が2年くらいなの・・・」とその都度スタッフにおっしゃるのです。でも応対するスタッフ達は、接客が終わって裏に戻ってくると「一見、あんなに元気そうなのに、一体どこが悪いのか?」と首をかしげているんです。

今日、偶然にもその方から問い合わせが入り、電話でお話する機会がありました。通常のチェックイン時間よりも前に部屋に入って、部屋で水着に着替えたいとのこと。でも私は「部屋の用意ができていない場合は、フィットネスクラブに直接行っていただき、そこの着替え室をご利用いただく形になります。」と案内したところ・・・。

「私はどうしても、お部屋で着替えをしたいのです。実は私は手術で左乳房をとってしまって片方胸がないから、他の人と一緒の更衣室では、着替えたくないのです。」と言われました。応対しつつ(この方は、乳がんだったのか!)と衝撃を受けてしまいました。

でもまさか、応対している私が「実は私も同じ病気で治療中なんです」なんて言えるはずもなく、その方が「自分はガンで、今はこれこれこういう状況で・・・病状は一進一退なんだけど、体調が良くなると、つい泳ぎたくなるのよねぇ・・・」と話されたのを、ただただ黙って聞くしかありませんでした。年齢は私よりも倍以上も年上の方ですが、病気を抱えて大変な思いをされているのが、伝わってきました。今日、何も言うことができませんでしたが、その方の病状が少しでも良くなることを祈らずにはいられませんでした。

October 01, 2006

気持ちは変わらない

この1週間、今までにないくらい情緒不安定かつ落ち込んでいました。ただそういう状況に陥ったことで、かえって今後自分は一体どのように生きていったらいいのか、気持ちがはっきりと固まりました。長年勤めた今の職場を年内いっぱいで退職するつもりです。今までにも(もう辞めてやるー!)って思ったこと数知れず・・・。でもその都度その都度、気持ちを持ち直したり(辞めるったって、辞めたあとどうするのー?)という、もう1人の自分の声が聞こえてきたりで、どうしても辞める決心がつかずにいました。2年前に乳がんになったときでさえも。

発病後、退職はせずに休職の道を選んだことは自分でも意外ではありましたが、不思議なもので、あれほどストレスがたまって大変な仕事であったのにも関わらず、第一線から離れると(また戻りたい)という気持ちも嘘ではありませんでした。

今年の年明けからまたシフト制のフルタイム勤務に戻り、それでも他の人よりはシフト面で(あまり体の負担にならないように)融通を利かせてもらったりもしていましたが、今月から休職前と全く同様の過酷なシフトに入らざるを得ない状況に戻ってしまいました。

でも体の負担以上に、私を苦しめたのは、ホルモン療法による副作用でした。仕事中の突然のホットフラッシュももちろん大変でしたが、それ以上に、精神的な不安定さがひどくなる一方なのです。さらには術側の腕に明らかなむくみも出てきて、それもかなりの不安材料の1つです。(→手の甲なんてパンパンで、素人目でもむくんでいるとわかります。仕事中に感じるストレスも、以前ならば(何を~、これしき!)と我慢できたのに、今はそれができなくなってしまった。

職場の人間関係が良好なだけに、仕事を手放すことについては最後まで悩みましたが、でも今毎日出社してみて、違和感は増すばかり。(ああ、もうさすがに限界だなあ・・・)と思い、今までならば数日後には「持ち直していた気持ち」も、今回は(もう決めたこと。会社を辞めて、次の道を見つけよう。)という思いのままで、気持ちは変わりません。

退職後は、今よりももう少し通勤時間が短くて、仕事のペースももう少し落とせる環境で働きたいと思っています。年齢的にも、難しいかもしれないけれど、キャリアも収入も、今の私にはどうしても欲しいものではない。一番ほしいのは、今よりもゆったりした時間。そのことが自分の中ではっきりとわかってからは、今までどうしても決断できなかった「退職」も怖いものではなくなりました。近日中に、上司に退職の意向を伝える予定です。

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