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病気(ガン)に関するニュース(読売新聞)

メモ

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July 2005

July 30, 2005

しまった~!

昨日は放射線治療2日目でした。例のごとく、薄暗い廊下を通って、病院の地下にある放射線科へ。どうもここだけ、時が止まったような気がするのよね~(^_^.) とても同じ病院内だとは思えません。予約時間に行くと、すぐに名前を呼ばれて放射線室(?)の中へ。

また上半身裸になって、放射線治療用のベッドへ横になるのですが、初日に比べてそのベッドの幅が狭くなったような気がしたので「あれ?昨日もベッドの幅ってこれしかありませんでしたっけ?」とつぶやいたら、男性技師さんが「少し(幅を)削っておきました(笑)」と言ってきたのでおかしかったです。手術室のベッドもそうですが、普通のベッドと比べるととても幅が狭いので、最近ますますデブ化してきた私としては、この狭いベッドに寝たら自分(のお肉)がはみ出しそうで心配だったのでした。

このあとはまたベッドの上で、体の位置を調整されて、それが終わったら放射線照射。この放射線が出る機械(装置?)が、人工衛星みたいで笑えます。ウィーン、ウィーンといいながら大きな装置がベッドの周りを廻るので余計にそう思います。2日目は初日以上に体にマーキングされて、特に左胸はすごいことになっています。

さて無事に放射線治療が終わったあとは、通常はこのあとすぐに会計窓口へ行くのですが、いつもとても混んでいて待たされます。それで窓口の人に相談したら「明日以降毎日通院するのであれば、別に今日会計して行かなくても、会計だけ翌日まわしにすることもできるので、待ち時間を省略できますよ。」と教えてもらえたので助かりました。会計だけで1時間近く待つのも大変なので、ありがたいです。金曜日分の支払いは、月曜日にまとめてするつもりです。

July 28, 2005

放射線治療はじまりました

今日から放射線治療開始となりました。今日だけは夕方からの予約だったので、昼間はお友達と会ってランチ。その後、病院へ行きました。また例の薄暗い病棟を通って、放射線科へ行き、受付で手続きを済ませ、しばらく待っていると技師さんから「ななこさん、中へどうぞ」と言われました。ここで上半身裸になって、ベッドの上へ横たわります。

何が恥ずかしいって、私は上半身裸&両腕をバンザイした状態のまま、男性の技師さん2人と、女性の技師さん1人の計3人がかりで、放射線がうまく照射できるように、また紫色の顔料みたいなので乳房にマーキングをされたことです。3人の視線が胸に集中・・・。他の患者さんもいるし、もう見慣れているだろうけど、それでもやっぱり恥ずかしさがありました。

そのあとは、バンザイした格好のまま、体の位置を整えるため、男性の技師さんに上半身の背中の部分に手を回されて、持ち上げられました。暑くて体が汗ばんでいたので、いくら治療のためとはいえ、そんな体に触わるのは技師さんも嫌だろうと思って「汗かいてるので、すみません☆」と言ったら「そんなこと気にしなくていいんですよ~。楽にしていてくださいね。」と言われてしまいました。

やっと体の位置と機械の位置が合ったところで、技師さんたちは部屋の外へ。しばらくすると「ビービー、ガーガー、ビービー、ガーガー」という音が交互に聞こえてきて、それが放射線を照射している音のようでした。照射中は痛みもかゆみもありませんでしたが、気のせいか患部がポワーンと熱くなったような気が・・・。本来そんなことはないそうなので、ただの気のせいですね(笑)

放射線治療に関しては、ものの数分で終わるので、そのためにこれから毎日通院するのは結構大変な気もするのですが、会社に通勤していた頃に比べるとまだマシかも!?(^_^.)
技師さんから「明日からの希望の時間は何時ですか?」と聞かれたので「できれば通勤ラッシュの時間帯を外してほしいんです(←超ワガママ)」と言ったので、これから向こう1ヶ月、全て午後の予約となりました。でも行きも帰りも必ず座れるので、読書したり有意義な時間として使えそうです。今日の帰りは本を読んでたら、いつの間にか爆睡してしまったけど・・・。そういえば、今日担当してくれた女性の技師さんは、去年、マンモグラフィーを撮影してくれた技師さんで、私のことも覚えていてくれました。明日からもまた頑張ろう!

 

July 27, 2005

放射線科、初診

25日は放射線科、外来受診(初診)でした。いつものとおり、機械に診察券を入れて受付をしようとしたところ、いきなり診察券がはじき出されてきて「初診の手続きをしてください」というエラーが・・・(^_^.) 同じ病院内でも、診察を受ける「科」が異なれば、また初診の手続きから始めなければならないのですね。→気を取り直して、有人の窓口に並びなおして、手続きの順番を待ちました。

30分くらい待たされたあと、手続きも済んで放射線科へ行くことに。乳腺外科は新しい病棟の中にあるので、あまり病院っぽくないのですが、放射線科は古い病棟の中にあります。廊下も薄暗くて、行くまでの間はちょっと「何か出そう」な雰囲気がまた怖くて。受付も、そこだけ時間が止まったような古臭いところで、なんだか古時計の「ボーン、ボーン」という音でも聞こえてきそうな感じでした。受付で、放射線科の「診察カード」を作ってもらったのですが、なんと「手書き」のカード。今って機械で作られたカードが多いのに、ちょっとびっくりでした(笑)

次に待合室に通されたのですが、そこは外から明るい陽射しも入っていたので少しホッとしました。ここまで暗かったら、これから毎日通院するのに、気分まで暗くなってしまうから・・・。待合室には若い人が何人かいて、今まであまり見かけなかっただけに、不謹慎ながらちょっとだけホッとしました。

しばらくすると、私の名前が呼ばれました。放射線の担当の主治医は、もう50代くらいの人を想像していたのですが、若い男の先生だったので(え?この人が主治医なの?)って思ったくらいでした。年の頃は40代前半くらい。

乳腺外科の主治医から預かった私のカルテを見ながら、これまでの治療歴(手術、化学療法について)を再確認されました。すると、この放射線の主治医から「ななこさん、お子さんは?」と唐突な質問。「未婚なので、子供はいません」と言ったら、「あ、そういう意味じゃなくて、将来お子さんは考えていますか?」と聞かれたので(というか、省略せずにはじめからそういう風に聞いてくれよと思いました)、「はあ。もしできればいずれは、とは考えてます」と答えると「今は生理はありますか?」「リュープリンを打ってるから、止まってます」「ノルバテックスは何年飲むように言われてますか?」「2年と言われています」
「う~ん、問題は、ななこさんは化学療法で【CEF】をやってることなんだよね。これをやっちゃうと、6~7割の人が閉経するんですよ」「・・・・・・。」「乳腺外科の先生から事前にそういうことを聞きませんでしたか?」「卵巣機能をやられるから、閉経する人もいるとは聞きました。」 

さらに「ななこさんの乳がんのしこりの大きさはどのくらいだったんですか?」と聞かれたので「3.5センチです」と言ったら「通常は3センチ以下が温存の対象なんですよね。3.5センチで温存したということは、ななこさんがそれを強く望んだということですね?」と聞かれたので「もちろん私が望んだのもありますけど、初診でがんの診断を下した医師も、主治医も、2人とも温存でいけるとおっしゃってくださったので、それで最初から全摘は考えませんでした。もし少しでも「全摘にしないとまずい」と言われていたら、全摘にしていたと思います」と答えました。すると「温存にしたということは、大体4~5人に1人の割合で、局所再発を起こします。それを防ぐために放射線をかけるわけです」と言われました。

閉経のことも、局所再発についても、治療前にリスクは聞いていました。特に化学療法(CEF)をやったら、その可能性が高いことも・・・。でも乳腺外科の主治医からは「40代後半とか50代でCEFをやったら、そのまま閉経する確率が高いけど、20代とか30代の場合は、ほとんどの人が戻ってくる」と聞いていたので、そのあたりが乳腺外科と放射線科では医師の認識が違うのかな?と思いました。それに、今さらそれを言ったところで、私はもうその治療を受けたのだし、閉経するかどうかも神のみぞ知る・・・。戻ってくると信じてますが、それもまだあと2年は先の話。今考えてもどうにもならないことです。

主治医の診察のあとは、胸のCTをとるため、検査用のベッドの上で横になり、上半身裸になったあと、放射線を当てる箇所に紫色のマジック(←まさにこんな色です)みたいなので、マーキングされました。簡単には消えないみたいですが「ゴシゴシこすって消さないでくださいね。」と注意を受けました。この日は、まだ放射線は当てず、マーキングをしたところで修了。

それで放射線治療開始は28日からにしてもらいました。開始日時はこちらの希望を考慮してもらえるのですが「27日まで予定があるので、28日からお願いします」と言ったところ、主治医から「28日から始めると、8月31日に修了です。」と言われ、思わず「よっしゃー、ピッタリ(8月に)収まったー!」と口走って、引かれてしまいました(^_^.) ピッタリになったのは、計算していたわけでもなんでもなく、ただの偶然です。

July 24, 2005

『31歳ガン漂流』の著者の番組を見て

昨日は「31歳ガン漂流の著者である、奥山貴宏さんの番組を見ました。私は以前はよく医療関係の番組を見たり、本を読んだりしていたけれど、自分が病気になってからは、それができなくなっていました。少し前に、肝臓がんを患ったサーファーの方も、テレビや本で見かけたけれど、その方のときは怖くて見ることができませんでした。そして奥山さんの本は、以前からよく本屋で見かけてはいたのですが、彼の本もまた、自分が治療をしている最中ということもあって、なかなか読もうという気にはなれませんでした。

それがなぜ今回は見ようと思ったのかと言うと、前日、(私の生き方に関して)母と激しい喧嘩をしたことがきっかけです。私が病気の治療を始めてからというもの、母とは喧嘩どころか言い争いになることもなかったのですが、今回の喧嘩の原因は母から「病気になったことを隠したりせずに、もっと堂々としたらいい」だとか「ちょっとそこらに出かけるときは(この暑いのに)かつらを被らないで、帽子だけでいいじゃない」とか言われたからです。【帽子だけでいい】と言われても、母が言う「帽子だけ」というのは、文字どおり、このお坊さんのような頭にそのまま帽子を被るだけでいいでしょう、という意味です。私にしてみれば、いくら帽子を被ったって、そこから髪の毛が全く見えずに、明らかに坊主とわかる髪形で外を歩くのは、わずかな時間でも嫌なのです。帽子からほんの少しでも、髪の毛が見えるのと見えないのとでは、全く大違いです。

母から見ると、私は病気になったことを必要以上に隠したがって、うじうじ生きているように見えるのでしょうか。追い討ちをかけるように「病気のことはもっと開き直らないと、これから一生そうやって下を向いて生きていくの?なってしまったことは事実なんだから、もっと堂々としたらいいでしょう。もし近所を歩いていて『ななこさん、その頭はどうしたの?』と聞かれたら『私は乳がんの治療をしているんです』って言って堂々としていれば、そのときは『えっ、ガン!?』って驚かれるかもしれないけど、一度言ってしまえば、それ以上詮索されなくなるだろうし、『あ~、あの人病気なのね』で終わるんだから。私だってガンに罹ったことがあるから、気持ちはわかるのよ。」と言われました。そこでブチッときてしまいました。「でもお母さんは化学療法はやってないし、髪の毛だって抜けてないでしょ!私は坊主頭なんだよ、見てよ、この頭!私も家族も、もう見慣れているけど、そうでない人が見たら仰天するよ!かつらは私が少しでも普通の状態に近づきたくて被ってるだけなんだから、それをああしろ、こうしろなんて言わないでよ!」と言ってしまいました。

そりゃあ、私だって、病気のことをもっと開き直って堂々とできたら、どんなにいいかと思うことはあります。でも、自分ががんになってしまったということを、受け入れるだけでも難しいことだし、未だに完全には受け入れられていません。治療中の今も(これが夢だったらいいのに)と何度思ったことでしょうか。それを「開き直れ」だとか「もっと堂々としろ」と言われても「はい、そうですか」とは言えないし「そうしようと思います」なんてことも言えません。

大体、なんでかつらがあるのに、それを被らずに外に出て、不審に思った人に何か聞かれて、わざわざ自分から「病気なんです」と言わなければならないのか。必要以上に、言いたくないし、私が(病気を周囲に)隠したがっていると言ったって、会社関係の人だけでもすでに20人近く知れ渡っています。これは休職をしている以上、上司や先輩や同僚だから、仕方ないことだとわかってはいるけど、本心は・・・できることなら言いたくはありませんでした。たまに(ネットなどで)同じ病気の人が「私は自分の病気のことを隠すつもりはありません」とか言ってるのを見かけるけど、なんで平気なのか不思議でしょうがありません。

ちょっと話が反れてしまったけれど、はじめに書いた奥山貴宏さんの話に戻ります。昨日の彼の番組を見て、まず驚いたのは、発病前と発病後の生活がほとんど変わっていなかったこと。いや実際は変わっていたのかもしれないけど、彼は今までの生活に闘病が加わっただけだと言っていました。でも一番共感できたのは、やっぱり「かわいそう」という目で見られることがイヤだということ。

番組の中で、奥山さんはある中学校に招かれて、教室で講演を行ったのですが、彼はこう聞きました。「僕は今33歳で、余命を宣告されているんだけど、みんな、こんな僕のことをどう思いますか?」と。そして彼に指名されたある男の子はこう答えました。「かわいそうだと思う。」奥山さんが「どうしてかわいそうだと思うの?」とたずねると「だって、まだ若いのに・・・。」それを見て私は(おいおい、中学生に『まだ若いのに』なんて言われたくないんだけど(-_-;))と思ったけど、奥山さんはそう言われても、淡々とした口調で講演を続けていました。

気が付いたら、ここのブログも書き始めてもう1年が過ぎました。当初はまさか、ここが闘病記のようになってしまうとは夢にも思いませんでしたが、奥山さんも(同じようなことを)言ってましたが、自分の気持ちを文字で綴る事によって、心が整理できるし、ここに書くことによっていろいろな人とつながっているんだな~ということがとても励みになっています。

奥山さんも私も、そして今ガンの治療をしているすべての人も、誰だって最初から病気だったわけではないのです。そのほとんどは自覚症状もほとんどないまま、あるいはもし自覚症状があったとしても、まさか自分がガンになっているとは思わず、告知をされた人がほとんどだと思います。予想外の告知をされたその日から、明らかに以前とは違った世界が嫌でも始まってしまうのです。病気のことばかり考えていると、気持ちが沈んでしまうから、本当はあまり考えたくはないけれど、病気のことを考えずに1日を終えない日はありません。手術をして悪いところは取って、術後の治療もしっかりしているけれど、それでも常に体内に時限爆弾を抱えているようなものだよなあ・・・なんて考えます。

日々そんなことを考えているわけですが、それでもおととい母と喧嘩したということは、一時期は「よわよわ(弱々)」だった私の心が、少しは元気になってきたということなのかな?といいようにも解釈しています。母も、落ち込んでいる娘とわざわざ喧嘩しようとは思わないはずだから。(ちなみに、喧嘩後は私も母も言いたいことを言い合って、すっきり、仲直り。近くで見ていた祖母が「親子っていいね~」とわけのわからないコメントを寄せてくれました(^_^.))

私は明日から、放射線治療がはじまります。とはいえ、明日は放射線を当てるわけではなくて、放射線科の外来受診(初診)となります。化学療法が終わったので、乳腺外科の受診は1ヶ月後になり、治療も少しずつですけど佳境に入ってきました。まだまだ開き直れそうにないけど、ゆっくり、ゆっくり、前向きに前進していきたいです。このブログの中で、私の口癖のようになっている【以前は(=告知前は)】という言葉も、いずれ使わなくなるように、当たり前だと思っていたあの生活を、取り戻していきたいと願っています。

最後になりましたが、奥山さんの生き方は、とても一言では言い尽くせないほど、感銘を受けました。昨日の番組を見て本当によかったと思いました。

July 20, 2005

会いました~

今日は叔父と都内で会う予定でしたが、私がまだ寝ている間に母が叔父に連絡をとり「うちまで来たら?」と話をつけてしまい、予定変更となりました(笑)母は叔父とあまり仲が良くないのですが、そんな叔父だからこそ、ちゃんと生活しているのかどうか心配になって、自分も急に会いたくなったみたいです。

東京から千葉までの道のりを説明して、待つこと1時間。叔父が到着。近所のレストランへ行って食事しました。バイキング形式なので、ちょっと食べ過ぎてしまいましたが、おいしいものを食べると元気が出ます。(昨日『太った』と書いたばかりなのに、食べ過ぎたと書くとは矛盾しまくりですが・・・(^-^;;)

叔父と会ったのは本当に久々でしたが、実は今年に入ってから何度か電話で話す機会がありました。他の親戚を通じて、私が体調を崩して会社を休んでいる、というのを聞いたからです。驚いたのは、叔父が「いや~、ななこが元気でよかった。今だから言えるけど、最初会社を長期で休んでいると聞いたときは、33になっても嫁に行けずに不安になって、行き遅れたから、うつ病になってしまったのかと思ってた」と言ってきたことです。私も母もそれを聞いて目が点になってしまいました。「何て事言うの~!!!(^_^.)」と反論はしましたが。。。

叔父はさらに
でも、その割には電話をしても、声はいつも元気そうだし、携帯メールも送ったらすぐ返事が返ってくるから、途中からうつじゃないのかも・・・って思ったんだよね」と。「33になっても嫁にも行けずに」や「行き遅れ」のくだりは、一瞬ムッ!ときたけど、昔からこういう物言いの人だとわかっているので、あきれはしたけどさほど腹も立たず「私の病気は『うつ』ではなくて、乳がんですから!」と言っておきました。今度は叔父の方が目が点になっていましたが・・・。実際は、私に会う前に別の親戚と話して、病名は知らされていたそうなんですけどね。それにしても、たぶん同世代の友達に同じことを言われてたら、立ち直れないほど落ち込んでしまったと思うけど、叔父だから、まあいいや。(あれ?私やっぱり頭にきてる?^^;;;)

こんな叔父の現在の仕事は、健康増進のための、器具や生活用品などを売る仕事。(10数年前に国鉄を退職してまで就いた仕事で、当時は周りから「きっとすぐ辞めちゃうよ」と言われていたけど、今まで続けていたのには驚きました!)私にもいろいろと「うちの会社にはいい製品がある」と言ってアピールしてきたので「そんなにいいものなんだ~。じゃあ叔父さん、何か1つプレゼントして~♪(←ちょっとずうずうしい)」と言ったら、血行が良くなるという毛布を贈ってくれることになりました(笑)なんだかちょっと怪しい気もするけど、届くのが楽しみです♪

July 19, 2005

18年ぶりに叔父と会います(笑)

化学療法の点滴が修了して、明日で2週間。倦怠感も、変な味覚障害もすっかり抜けて体調も良くなってきました。で、今日家にいたら、突然親戚の叔父さん(母の末弟)から電話がかかってきました。叔父さんは青森に住んでいるので、私は中学生のとき以来会っていません。その叔父さんが何の用かと思ったら「ななこ、明日は暇か?」と(笑)

叔父の奥さん(私にとっては義理の叔母ですね)は、青森の病院で看護師長をしていて、今回は東京での学会に出席するため上京してきたのですが、なぜか叔父も一緒に着いてきたそうです。(仕事は大丈夫なのかな?)でも叔母は明日は学会のためほぼ半日いないので「1人で東京にいてもつまらないから(私を)呼び出そう!」と思ったのだとか・・・。「時間がなくて千葉まで行けないから、東京までご足労願えますか?」と冗談交じりで言われたので「叔父さんに会うなんて久しぶりだね~。明日は東京まで行くよ。時間は何時にする?」と聞き返すと「俺は朝9時からもう暇だ!」と言うのです。「えっ、そんなに早くから暇なの?(笑)でもその時間だと通勤ラッシュにぶつかっちゃうから、もう少しあとにして。」と言ったら「じゃあランチをご馳走しよう。」ということで、お昼ちょっと前に叔父と会うことになりました。

叔父といっても、母とは一回り以上年が離れているので、私にはあまり叔父という感じはしないし、向こうも姪っ子という感覚ではないようです。それはいいとして、問題は叔父は以前は太っていたのですが、最近20キロ近いダイエットに成功したそうで、逆に私は、最後に叔父と会ってから10キロ以上太ってしまったので、明日は会っても始めはお互いにわからないかも・・・。そのことがちょっと心配です(笑)

July 13, 2005

ふたやま越えて・・・

先週、化学療法をしたので、今日は白血球の数値がどのくらいまで落ちているかを見るための通院日でした。いつもどおり病院に着いてすぐ「採血」からなのですが・・・。採血室へ行くとすごい人、人、人。自分の順番が来るまでかなり待たされました。そしてようやく自分の番がきたのはいいのですが・・・。

今日の担当は、40代半ばくらいの男性技師。私が(術側とは反対側の)右腕を出すと、腕をあちこち触りながら、刺す前からう~ん、血管があるにはあるんだけどね~。なんか硬いんだよね~。これは刺してもたぶんだめだと思うな~。」って、もう最初から自信なさげに言い出して「無理そう」とかぶつぶつ言ってきました。一瞬(はああ?)と思いつつも、すでに腕は採血するためにゴムで縛られ、その彼はさらにぶつぶつ言いながら、今まで誰にも刺されたことの無い箇所に針をブスッと刺してきました。刺してからさらに血管を探していたんですが「だめだ、(血管に)かすりもしない」とか言ってまだ探してるのです。しばらくしてやっぱりだめだったか~。すみませんね~。別な人に刺してもらいますから・・・と言って、今度は50代半ばのちょっと偉そうな男の人を呼んできました。私が見ている目の前で「○○さん、すみません、そこの人なんですけど、血管が硬くて(血が)とれないんですよ~、僕はもう怖くて刺せないから代わりに刺してもらえませんか~?」と言ったのです。(な、なんだ?なんで患者の目の前でそんなことが言えるわけ!?)

その○○さんも、刺すまでにかなり時間がかかり、刺してからも、やっぱりしばらく血管を探していました。そして刺しながら「痛かったら言ってくださいね」と言ってくれましたが、(針刺してるんだから、痛いに決まってる!)と思いました。針を刺してしばらくして、ようやく血を抜くことができたときは、額に汗がにじんでしまいました。他の患者さんはどんどん採血できていくのに、私だけが20分以上もかかってしまい、冷や汗タラタラ、もう少しで気分が悪くなりそうでした。術側の腕からも採血ができたらいいのに・・・。

汗をぬぐいながら、採血の結果が出るまで院内のカフェでお茶していました。(はあぁ、採血には参った・・・)と思い、一息ついていると、近くにいた家族連れの子供が突然、癇癪を起こしてギャンギャン泣き出し、周りの人たちは一気に引きまくり。(小さいのによくあんなに大きな声が出るな~)と思いつつ、その子の叫び声があまりにもひどいので、早々にカフェを退散。外科の待合室へ移動しました。

今日は同じ病気の患者さんが多くて、私の番がくるまでかなり待ちました。ようやく自分の番が来て診察室へ。本日の白血球の数値は1,100。過去最低値かな?またまた危険区域の数値なので「先生、白血球を上げる注射は必要ですか?」と聞くと「熱も出ていないし、炎症反応も出ていないからその必要はない」とのこと。

それで今後の治療内容の説明も聞いてきました。このあとは、化学療法の副作用が完全に抜けるまで1ヶ月近くかかる(と言われた)ため、放射線療法とホルモン療法を8月から始めることになりました。放射線療法は、土日を除く平日は毎日通院で、計25回照射。5週間かかります。その前に、来週は放射線科の初診外来診察があります。

そしてホルモン療法。病理の結果、ホルモン感受性があったので、ホルモン療法も行うことになっているのですが、通常ホルモン療法は2年間行うとのこと。私は今年の1月からリュープリン注射を打ち始めていたので、てっきりそこ(2005年1月)から2年間という風にカウントするのかと思っていたら、そうではなくて、ノルバテックスという内服薬を飲み始める時期から2年間となるのだそうです。これは私の中では誤算でした。2005年1月からだったら、ホルモン療法は34歳で修了します。でも2005年8月から2年間だと、35歳の半ばまでかかってしまいます。結果的には半年くらいの差だし、今は何よりも治療が最優先だから仕方ないのですが、未婚の私にとっては非常に微妙な年齢。大体そのあとちゃんと生理は戻ってくるのか?とか、いずれ結婚して子供が欲しくなったとき、間違いなく高齢出産ではないか!!!とか不安が尽きません。それにノルバテックスを2年間毎日服用すると、今度は別の副作用が・・・。子宮が異様に元気になり過ぎて、人によっては子宮がんになる確率がアップしてしまうのだそうです。

そのこともとっくに知ってはいたのですが、乳がんの治療のためとはいえ【あちらを立てればこちらは何とやら・・・】という感じです。ホルモン療法をする場合は、さらに半年ごとの婦人科検診も加わることになります。それに鬱の症状も出やすいみたいだし、そのへんも心配です。

帰り際、主治医から「もう化学療法は終わったのよね。これで手術、化学療法、って2つの山を越えてきたのよね。よかったわね~(^-^)」と言われて「やっとここまできました~。ありがとうございました~!」と言って退室しました。

なのに会計の順番待ちをしているとき、「誤算」のことを考えていくうちになんと自然に涙が・・・。拭いても拭いても止まらないので、周りの人は変に思っていたみたいです。家に帰ってきて、今日の病院での出来事をメールで妹に報告しました。

しばらくして、妹から返ってきたメールに励まされたので(本人の了承を得たので)一部を公開したいと思います。「おねえへ(注:おねえとは私のことです) ホルモン療法のことは、私もおねえとあまり話をしなかったけど・・・

おねえがオペの前だか後だかに、先生から「(乳がん治療後に)どうしても妊娠を望まれる方へ」とかいう説明紙をもらったでしょう?私も、それに目を通させてもらったけど、それにはきちんと書いてあった気がする。だから、私は、おねえが36歳になるのが治療のゴールだという認識でした。

今は、高齢出産は35歳からだし、40歳すぎても初産っていう人はいるから、あまり悲観的にならずに、前向きに頑張ってほしいと思うよ。それに、おねえが心配してる、ホルモン療法の副作用である「鬱」ですが(大学病院の)精神科勤務経験のある、私から言わせてもらうと、ほとんど関係ないよ。ホルモン療法に限らず、ステロイド療法、肝炎のワクチン療法、心臓病の治療でも、それこそ、ガンと宣告された患者さんなんか、みんなに「鬱」が出やすいといわれてます。私が■■大学病院にいた時なんか、患者さんが少しでも不安を訴えると、内科医が精神科を受診させ「鬱の症状が出ています。」と、病気にしたがったけど、大半は鬱病っていうより、病気に対する不安を誰かに聞いてほしかったり、今後どうなるか不安とか、そういうレベル。この不安は、病気とセットみたいなものだから、鬱病ではないよ。

何が言いたいかわからなくなってきたけど、2年間という長い服薬治療。気がめいって当たり前なんです。だから大事なのは、その時その時の、おねえの気持ちを誰かに話して、ストレスを解消していうくということ。私でもいいし、自分のホームページに、思ってることを、そのまま書いちゃうなんてのも良いと思うよ。あとは、病気を理解してくれてる友達とかね。
まあ、友達は、あまりヘビーな内容を送ってしまうと、引かれる恐れもあるから、そこは注意したほうがいいけど。長くなったけど、クヨクヨ考えずに、楽しいことを考えた方がいいっていうことです!!

それから採血のことだけど・・・。患者の前で、怖くて取れないなんて言うとはバカじゃないの??っていう感じ!!私が、その場にいたら、○○大学病院のリスクマネージャーに会いたいと言って、その検査技師に、注意してもらうけどな。患者に不安を与える・・って充分リスクだからね。

私は、そういう色々失敗された血管とか、過去に何10回も刺されて採血が嫌い・・・なんていう血管を見る時は、正直ワクワクするんだよね。縛って、探す時が1番楽しい。(→補足説明をすると、妹は採血が得意中の得意で、他の看護師さんが刺すのを失敗したら、いつも代わってあげて、一発で取るタイプでした。)刺すのはさ、痛いだろうなあ・・って思うから楽しくないよ。見る時・探す時だね。ここまでくると、ちょっとヤバイかな。でも、いつも苦労してるっていう人ほど、1回で刺してもらうと、本当に喜ばれるし、看護師冥利に尽きるよ。

今度はさ、おねえ採血あったら、採る前に「いつも失敗されて怖いんで、今日いるスタッフの中で、1番上手い人にお願いしたい」って言ってみなよ。私が最初にいた大学病院では、よく言われたよ。それか、今日の人に当たったら「この前、1回失敗して怖くて採れないから代わってよーって、言われたのが、すごく記憶に残ってるんで、最初からあなた以外の人でお願いできませんか?」って、笑顔で言う!!笑顔は、最大の武器。ニコニコしながらクレーム・不満を言うと、激怒するより効くからね。やってみて!!(ここまでが妹からのメールです)」

そっか~、そっか~、そっかあ~~ぁぁぁ!!!!!!!!
今度からその手でいってみよう!!!それにしても、妹みたいに切り返しができない自分が情けないっ!

ところで、病院に行くだけではつまらないので、今日はある目標を達成してから帰って来ました。この続きは「ななこのくつろぎカフェ」の日記でどうぞ。(のちほどアップします。)

July 10, 2005

外に出たい

先日の点滴を打って今日で4日目。眠気と全身の倦怠感は相変わらずです。夜中に何度か目が覚めて、額をぬぐったらすごい汗!慌てて体温を測ったら37度5分。よかった、大したことなくて・・・。水を飲んでまた眠りにつきましたが、とにかくいくら寝ても寝ても眠れます。寝すぎて体が痛いくらい。散々寝て、午後1時過ぎ。目覚めると母から携帯メールが入っていました。

「目が覚めたら、電話ちょうだい。何か食べに行きましょう。」と。このところ全然外出していなかったので、気持ちがクサクサしていました。だから母の誘いが嬉しくて、すぐその誘いにのって、地元の焼肉屋へ!焼肉なんて最近全然食べていなかったので、今日はモリモリ食べてパワーがついたように思いました。1つだけ残念だったのは、頭がかつらだから焼肉屋さんの室内がものすごく暑く感じられて、汗をふきふき食べたことと、タキソテールって味覚障害が起こるのか、【100%の味】が感じられなかったこと。早く味覚障害が治るといいなあ。味がおかしく感じられるのはつらいもの!

それにしても、いくら療養中で、それも自分で決めたこととはいえ、そろそろ家でじっとしている生活に飽きてきました。いい加減、外に出て働きたい!!!今日はそのことを考えていたのですが、仕事を再開することについては、今の会社に残るのか、他の道を探すのか、まだ考え中。転職サイトや派遣サイトもいろいろチェックしてはいるのですが、自分としてはどうしたいのかが、未だに見えてきません。年末まで休もうとは思っていたけど、最近は家にいることがとてもつらく感じられるようになってきました。仕事をしていたときは(休みた~い!)と思っていたのに。。。いざ休んでいると、あの忙しかった生活が懐かしく思えてくるなんて・・・。

8月いっぱいは放射線療法が入るので、もし転職活動をするにしても、9月以降になるでしょう。そうなると意外と時間は押し迫っているぞ~と思ったり・・・。でも休んでいる今しかできないこともやらないと・・・と堂々めぐり。さあ、どうする、ななこ!?

July 06, 2005

にゃおーん♪

今日は化学療法の点滴の最終日でした。昨夜は早めに休んだのに、布団をかけて目をつぶっても、一向に眠気を催さなくて、気が付けば午前3時頃まで、目が冴えっぱなしでした。今朝は6時起きだというのに、本当に参りました。

通院の際は、ちょうど通勤ラッシュにぶつかるので、1時間立ちっぱなし。これが意外と体力使うのよね~。会社に行ってたときは、この生活を12年ちょっとも続けていたのかと思うとちょっとゾッとしてしまいました。私が使っている路線は、会社へ行くときのルートと、通院時のルートが途中まで同じなのですが、途中、その線が分かれる時、会社へ行くほうの電車を見たら、めちゃめちゃ混んでいました。ラッシュ時、あの路線に乗るのは本当に大変なことだと思いました。

病院へ着いたら、いつものようにまず採血から。痛かったけど、もう慣れました。で、通常なら採血の結果が出るまでに約1時間は待つのですが、今日は意外と早くて30分かかりませんでした。診察室へ入ると「今日で最後ね~。おつかれさまでした。」とまず主治医に声をかけていただきました。思わず「先生、昨日は何だか興奮して、なかなか寝付けなかったんです。」と言うと「そういう人、多いのよ~。」と。そして「今日の点滴中に寝ててもいいから。」と言われました(^-^; ちなみに今日の白血球数は12,400。毎回のようにこの数値の高さは、デカドロンの副作用です。来週はまた白血球の数値チェックのために通院なので、その予約を入れてもらってから、化学療法室へ移動しました。

朝早かったので、患者さんはまだ数名しかいませんでしたが、看護師さんはけっこう多かったです。私が行くと「月初めなので、体重をはかりましょう」と言われて、恐る恐る体重計に乗ったら、測定してくれた看護師さんが硬直していました。きっとあり得ない体重だったのでしょう。あの表情を見たら(ああ、やばすぎる。本当にダイエットしないと大変なことになる)と思いました。

点滴自体は無事に始まったのですが、しばらくしたら、私の隣りに40代のご夫婦がきました。奥さんが乳がんで、だんなさんは付き添いだったようです。(→点滴を打つ前に、患者さんは確認のため生年月日を聞かれるので、それで隣りの方の年齢がわかりました。)

点滴中、私は大抵本を読んでおとなしくしているのですが、今日隣りにきたそのご夫妻は違った!!!2人ともとにかくよくしゃべること!特に奥さんは、家で飼っているネコの話だとか言いながら、何度も何度も「にゃおーん、にゃおーん!」とずっと言っているので、読書に集中できなくなってしまいました。私はカーテン1枚で仕切ったすぐ隣りにいるので、その夫婦の会話が全部筒抜けで、内心(頼むからもう少し静かにしてくれないかな~。)と思いました。今まで10回化学療法を受けてきましたが、ここまでうるさく感じたのは今日が初めてでした。奥さんがあまりにも「にゃおにゃお」言っていたせいか、さすがに看護師さんから「○○さん、どうかしましたか?大丈夫ですか?」と言われていましたが、一向におさまらず。イラッときたけど、私もあと30分くらいで点滴が終わるし・・・と何とか我慢してその場をしのぎました。

そういえば「点滴は問題なく・・・」と書きましたが、本当は「手の甲」なら針を刺されても(私の場合)痛くないのですが、薬の影響で血管が潰れていてだめだったので、前回と同様、手の平側に打ち、テープで頑丈に留められました。すみません、こんな痛々しい写真を見たい人はいないと思いますが、自分の記録として残しておこうと思ったので、アップしました。

そろそろ副作用が始まったというか、顔がほんのり赤くなってきています。身体もなんとなくだるい感じです。またしばらく倦怠感が続きそうですが、無理せず乗り切っていきたいです。ではでは~。

tenteki

July 05, 2005

ららぽーとへ行って来ました

今日は体調も絶好調!友達とららぽーとへ行って来ました。平日だというのにバーゲンが始まっているせいか、人、人、人・・・。それも20代とか30代のカップルや、子供&赤ちゃん連れの若夫婦で溢れかえっていました。女性がいるのはわかるんだけど(→子供が小さいので手が離せないのでしょう)、だんなさんも一緒なのはなぜ?この人たちは、今日会った友達や私みたいに、平日休みの仕事をしているのかしら?と思いました。平日休みの人って多いのね~。

昼過ぎから行ったのですが、夕方過ぎまでベビーカーを引いている人が本当に多くて、どこを歩いていてもひしめきあっている感じでした。17時を過ぎて、ようやく人が減ってきたので、洋服や靴のお店をいくつかまわりました。たくさんのお店をまわりましたが、戦利品は上着1枚。その1枚に決めるときも、いろいろ迷ってしまってようやく決断したくらいです。明日は通院日なので、早速その上着を着て行こうと思います。病院に行くのにおNEWを着ていくのはちょっと(???)と思わなくもないのですが、気持ちが明るくなるからいいかな~と。

前回の日記に書いた「夏の楽しい計画」は、放射線療法まで終わったら、旅行に行くことに決めました。仕事をしているときは、休みたくてもなかなか休みがとれなくて、いつもストレスを感じていたので、休職中に仕事をしていたときにはできなかったことを、しておきたいと強く思うようになりました。今日その友達と会ったのは、その旅行の行き先とかをおおまかに決めるためでもありました。久々にカフェコムサでベリータルト(イチゴ&ラズベリー&ブルーベリーがたっぷり!)を食べておいしかった~。

cake

でも、食べすぎと運動不足が祟って、私の身体(体重)は大変なことになっています。休職に入ってから、確実に6キロ太りました。はっきりいってデブデブです。明日は化学療法(いよいよ最終回)があり、月始めなので体重測定をされるのですが、今から看護師さんたちの唖然とした表情が目に浮かぶのでかなり憂鬱・・・。今日はブタちゃんのイラストが書かれたTシャツを着て寝ます(笑)証拠写真もアップ。

buhibuhi

July 02, 2005

悩むのもほどほどに・・・

しばらく落ち込んでいたのですが、昨日あたりからようやく復活しました。うじうじと悩んでいたら、そのうち悩みすぎるのがバカらしく感じられるようになりました。でもここまでくるのに丸々1週間かかってしまいました。周りからみたら、どうでもいいような悩みなのでしょうけど(^-^;;

でも落ち込んでばかりいたのかというと、そうでもありません。近所の駅ビルが閉店になってしまうので、商品がたたき売りされているのを見に行くか・・・と足を延ばしたところ、地元の友達にばったり会いました。休職に入って以来、会うのは初めてでしたが、彼女には自分から休職のことは伝えてあったので、変に詮索されずに済みました。

その彼女とは、高校生のときからの付き合いで年も一緒。高校は別の学校でしたが、アルバイト先で一緒だったので、以降、たまにですが地元でお茶する間柄です。彼女は「休職するほど大変な状況なのかと思ってずっと心配していた。連絡しようかと思って何度かメールを送信しかけたんだけど『お元気ですか?』って送るのも変だし、何て言っていいかわからなかったから、連絡できなかったんだ。」と言いました。確かにそうだよねぇ。

カフェに入ってお茶しながら、病気のことをカミング・アウトしたら、彼女の視線は私の髪型に釘付けに・・・。目は明らかに(うそっ!もしやかつらなのかな!?)っていってた(苦笑)なので自分から「もう気づいてるかもしれないけど、化学療法やってるから、これかつらなんだよね~」っと言ってしまいました。一瞬驚いていたけど「病気のつらさはわかるよ。私は婦人科系の病気を抱えているでしょう。もうレディース・クリニックに通うようになって6~7年経つけど、未だに自力で排卵できないし、薬に頼りっぱなしなんだよね・・・」と。そして「ななこは最近彼と会ってるの?」と鋭い突込みが!え~と、それはここでは秘密じゃ!(汗)

そういえば、この友達は去年の今頃彼氏ができて「このままいったら、結婚するかも」と言っていたけど、この間会ったときは(はっきりとは言ってなかったけど)「私はそういうの(=結婚)はないからさあ。」と言っていたし、前は彼氏ののろけ話をしていたけど、今回はそれもなかったので(別れてしまったのかな?)と思いました。

恋愛話はお互いにイマイチ盛り上がらず(なんで?)、その後は仕事ネタに・・・。彼女は金融業界で10年間正社員として働いていましたが、今は全然違う業種で派遣社員として働いていました。正社員と派遣社員を比べるのは難しいけれど、正社員のときは人間関係がすごい職場だったので、今の職場の派遣社員になってよかったとのこと。私が、今の職場はこのまま退職すると思う、と話すと「なんでまた、もったいない!一度復職して、働いてみてどうしても無理だと思ったら、辞めたらいいんじゃないの?」と言われました。そして「年齢的に、次を見つけるのは難しいよ~。」と。それもわかってはいるんだけどね。「本気で次に行きたいと思っているのなら、休職中に転職活動をして探せばいいと思うよ。それで決まらなかったり、決まっても自分で納得がいかなければ、今の職場に戻ればいいと思う。」そうだねえ。本当に迷ってしまう・・・。

私が休職に入ってから、会社との架け橋役となってくれていた人事課の後輩から、先日メールがきました。彼女には休職に入って以来ずっと励ましの言葉をかけてもらい、勇気付けられてきたのですが「ななこさん、突然ですが、私は8月末で会社を退職することになりました。現在妊娠6ヶ月で、10月に出産予定です。ななこさんが復帰されるところに立ち会えそうもなくて本当に残念なのですが、後任は同じく人事課の○○さんが引き継ぎますので、よろしくお願いします。」という内容でした。彼女は大変気遣いができる人で、そのことはむしろ休職に入ってから余計に感じるようになったのですが、自分もつわりでつらかっただそうに、そんなことをおくびにも見せず、最後まですごい人だと感じました。

来週の水曜日(6日)、いよいよ化学療法の最終回です。術後療法として去年の12月から始めたので、ここまでくるのに約8ヶ月かかりました。CEFで髪の毛がほとんど全部抜けましたが、その後少しずつ生え始め、今やっているタキソテールでは、なぜかまだ髪の毛が残っています。1センチくらいの短い毛なんですけどね。でもタキサン系だとCEFよりも抜けると聞いていたのに、こんなこともあるのですね。まあ最終回の点滴をやったら抜けちゃうのかもしれませんが・・・。延期にならずに、無事に点滴ができますように!!!夏に楽しいことを計画し始めたので、今日はちょっとご機嫌です(*^_^*)←単純だな~

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